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夏目漱石、診療所の顕微鏡で細菌を覗き見て感動する。【日めくり漱石/12月6日】

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今から115 年前の今日、すなわち明治44年(1911)12月6日の東京は、晴れていたが、風が強く、冬の訪れが感じられた。漱石が朝、自宅(早稲田南町)の庭に出てみると、濃い露が降りたために、一面が微雨のあとのように濡れていた。

痔疾の治療のために訪れた佐藤診療所で、漱石はこの日、顕微鏡を見せられた。850 倍の倍率という顕微鏡で覗き見た葡萄状の細菌は、蚕の種のようにかたまっていて、なんだかカラー図鑑でも眺めているようであった。

世間話をするうち、小説家の真山青果が院長の佐藤恒祐と仙台二高の医科で同級だったということがわかった。佐藤は、漱石にこんなふうに言った。

「真山は、順天堂に自分の弟子を入院させて亡くなったとき、『医者の言いつけを間違えて、看護婦がアトロピンを注射器に入れたから死んだんだ』と言い張って、

『あの看護婦を殴らせろ。そうすれば我慢する』と病院に掛け合ったそうですよ」

極端な癇癪持ちと伝えられる真山青果らしい逸話だった。

仙台での学生時代、学校で泥棒騒ぎがあり、佐藤が人から聞いた話として、真山成果に嫌疑があるということを言ったら、誣告罪で訴えるとさんざん言い募られたこともあったという。

山師まがいの医者の中には、金を出して、広告の代わりに新聞の雑報記事を利用している者もいる。そんな話も、佐藤は漱石に聞かせた。

たとえば、こんな記事が出たこともあるという。

ある者が、10年前に足の裏に針を刺し体内に入ってしまったのが、今日に至って、某医学博士のX線の力で所在を発見し、肩からその針を取り出すことに成功した、云々。

新聞業界も医学界も、まだまだ未成熟な時代であった。佐藤は言う。

「いま報知新聞に、ドクトルなんとかという人が、新ツベルクリンの効能を書き立てているのも、その類です。うちも開業当時は、通信社の人間などがやってきて、医学の素人である読者には面白い話もあるでしょうから、ぜひ新聞にお出しなさいと、盛んに勧められたもんです」

顕微鏡で覗く細菌の姿以上に興味深く、漱石先生、半ば感心し、半ば呆れて、これらの話を聞いていた。

それでも、真山成果の逸話を、のちに小説『明暗』の中にさりげなく素材として取り入れてしまう辺りは、さすが小説家・夏目漱石なのだった。

■今日の漱石「心の言葉」
世の中はいかさま師ばかりで、お互に乗せっこをしているのかも知れない(『坊っちゃん』より)

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

Web版「夏目漱石デジタル文学館
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。最新刊に、『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)がある。

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