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夏目漱石、亡き友・正岡子規の半身像に在りし日の姿を偲ぶ。【日めくり漱石/11月27日】

3 夏目漱石 2

今から111 年前の今日、すなわち明治38年(1905)11月27日、洋行帰りの38歳の漱石は東京帝国大学の講師として教壇に立ち、18世紀の英文学について、ひとしきり講義をおこなった。

千駄木の自宅に帰宅すると、俳書堂の主人・籾山仁三郎から荷物が届いていた。中身は美術家・川崎安の手になる石膏製掛額「子規居士半身像」であった。籾山仁三郎は、生前の正岡子規を知り高浜虚子とも親しい俳人で、出版社を経営していた。川崎安も歌人として子規と交流があった。

この像は、漱石の依頼による製作ではなく、日頃の交際の中で種々相談にのってもらっているお礼として、籾山の好意により贈られたものであった。

思えば、子規とは学生時代から随分と濃密なつきあいをし、互いを認め合っていた親友だった。いっしょに散歩したり飯を食べたり、「文章」をめぐって論争したり、人生の煩悶や将来の夢を語り合ったりもした。

漱石が中学校の英語教師として松山に赴任していた時期には、従軍記者として日清戦争に赴き体をこわした子規が、療養のため漱石の下宿に50日余り逗留したこともあった。

漱石がロンドンへ留学する頃には、子規は結核菌によって肺のみならず脊椎をも浸され、ほとんど寝たきりの状態になっていた。漱石と子規は、互いにもう二度と生きて会うことはできないだろうという覚悟を胸に、別れた。そうして実際、漱石が帰国の船にのる直前、故国から子規の訃報が届いたのであった。

いま石膏の額となった子規の姿を眺めながら、漱石の胸には、切なくも懐かしいさまざまな思い出が去来していた。

漱石は、早速に礼状をしたためた。

《拝啓 子規の像本日着 机上に安置致し眺めおり候 是は晩年の像だから小生のちかづきに成りたてとは余程趣が違って居るうちに矢張り本人と対(あ)い向う様な気がする。病中は成程こんな顔であった。御蔭で故人と再会する様な気がします》

末尾には、こんな一句を添えた。

《初時雨故人の像を拝しけり》

子規が没してから3年が経過していた。元気な頃の子規は旅が好きで、一度は西洋を見てみたいとも言っていた。漱石がロンドンから送る手紙や絵葉書を、子規庵で寝たきりの生活の中で、何よりの楽しみにしていた。だが、漱石は神経をすりへらすほど自己の勉強に追われ、子規の思いに十分に報いてやることができなかった。

いま自分が英語教師の傍ら、小説の筆など執っているのも、なんだか、子規に書けなかった手紙の続きを書くためのようにも思える漱石先生だった。

■今日の漱石「心の言葉」
憐れなる子規は余が通信を待ち暮らしつつ、呼吸を引き取ったのである(『吾輩は猫である』中篇自序より)

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

Web版「夏目漱石デジタル文学館
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。最新刊に、『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)がある。

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