3 夏目漱石 2

今から107 年前の今日、すなわち明治42年(1909)11月25日、東京朝日新聞に「文芸欄」が創設された。

これはかねてより漱石が希望していたことであった。読者へ文芸関連のさまざまな記事を提供するとともに、周囲にいる若い人たちや文壇関係者に発表の機会を与えられるからであった。

主宰はもちろん漱石。森田草平に毎月50円の手当てを支払い、自宅で編集作業に当たらせ、小宮豊隆や東新がこれを補佐する形で仕事が進められることになっていた。

この際、森田草平を朝日の正式な社員にしたらどうかという話も浮上しないではなかった。漱石としても、草平をそうした安定した位置につけてやりたい思いはあった。だが、かつての平塚らいてうとの心中未遂事件の醜聞のため、社長に「ああいう人はいけない」と反対されてしまった。

社長にそう言われては、どうしようもない。漱石が抱え込む形で、草平はいまでいう一種の派遣社員のような身分で働きはじめたのである。

この朝日文芸欄の創設とともに、新聞に掲載する純文学小説の選定の役割も、渋川玄耳から漱石へと正式に移行されていくことになる。ひょっとして、渋川の胸の片隅に、無意識のうちに、「文芸欄」に対するなにがしかの反発心の種が植えつけられたとしたら、このことが関係したのかもしれない。

記事は、毎日、三面の一段から三段ほどのスペース(一段は18字詰め67行)で、「柴漬」と名づけた六号活字で組む雑報欄も添えられた。

漱石は掲載原稿(談話筆記を含む)を準備するため、この前後、美学者の大塚保治、音楽家の中島六郎、物理学者の寺田寅彦、彫刻家の新海竹太郎といった友人知己に次々と手紙を書いて働きかけている。

このうち、ベルリンに留学中の寅彦への手紙の一節を掲げる。

《この二十五日から文芸欄というものを設けて小説以外に一欄か一欄半づつ文芸上の批評やら六号活字で埋めている。君なぞが海外から何か書いてくれれば甚だ光彩を添える訳だが、僕は手紙を出さない不義理があるからヅウヅウしい御頼みも出来かねる。もっとも文芸欄の性質は文学、美術、音楽、なんでもよし。ハイカラな雑報風なものでも、純正な批評でもいいとして可成(なるべく)多方面にわたって、変化を求めている。(略)まあ食後に無駄な時間でもあったら絵端書へでもいいから何か書いてくれたまえ》(十一月二十八日付)

漱石先生、念願かなって、ちょっと張り切っている。

■今日の漱石「心の言葉」
今度朝日新聞に文芸欄というを開店(『書簡』明治42年11月20日より)

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

Web版「夏目漱石デジタル文学館
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。最新刊に、『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)がある。

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