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3 夏目漱石 2

明治38年(1905)秋の漱石は、東京帝国大学と第一高等学校と明治大学と、3つの学校の講師を掛け持ちしながら、小説『吾輩は猫である』をはじめとする創作活動に取り組んでいた。

『吾輩は猫である』は親友の正岡子規がのこした雑誌『ホトトギス』に連載していたが、漱石の人気が高まるにつれ、他の雑誌からも注文が舞い込むようになっていた。

今から111 年前の今日、すなわち明治38年(1905)11月24日、そんな漱石のもとに、高浜虚子から来信があった。「文章会を来月9日の土曜日に開きたいと思うがご都合は如何」との問い合わせであった。

文章会は、『ホトトギス』に関係する仲間たちを中心にしたメンバーが、それぞれの写生文による創作作品を持ち寄って朗読し、互いに批評し合って錬磨する会。子規生前に子規庵(東京・根岸の子規の自宅)で行なわれていた「山会」を引き継ぐものであった。『吾輩は猫である』も、この文章会で朗読されたことが発端で、雑誌掲載につながり、連載が続く一方で単行本も上梓されはじめていた。

漱石はカレンダーを見ながら、頭の中で計算してみた。

漱石はいまふたつの締め切りを抱えていた。『ホトトギス』に掲載する『吾輩は猫である』の第7回と8回の原稿と、雑誌『帝国文学』に依頼された原稿。どちらも来月15日頃までにほしいといわれていた。

順番として、まずは『帝国文学』の原稿を片づけ、次に『吾輩は猫である』にかかる目論見だが、先に取り組む原稿の腹案がまだ固まっていないのであった。

ちなみに、『明星』『白百合』『新小説』『太陽』などの諸雑誌からも執筆依頼があったが、「2人前働くか1日が48時間にでも改正にならなくては到底間に合わない」と謝絶していた。

『帝国文学』向けの腹案が固まるのに3、4日要するとして、そのあと、実際の執筆にそれぞれ1週間かかると、9日の文章会に『吾輩は猫である』の新作を持参できるかどうか、微妙であった。漱石は、虚子に返書をしたためた。

《九日の会ではちとあぶない その次の土曜ならよかろうと思います。尤(もっと)も小生近来は文章を読む事が厭きた様だから自分に構わず開いて頂戴 猫は出来れば此方(こっち)から上げます。(略)いずれ僕のうちでも妻君がバカンボーを腹から出したら一大談話会を開いて諸賢を御招待して遊ぶ積に候》

鏡子夫人のお腹の中には、このころ第4子が宿っていた。「バカンボー」という言い回しは、漱石先生の照れ隠しに他ならない。

■今日の漱石「心の言葉」
進んで忙しい中へ飛び込んで、人から見ると酔興(すいきょう)な苦労をします(『野分』より)

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

Web版「夏目漱石デジタル文学館
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。最新刊に、『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)がある。

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