北条時政墓地(願成就院)。

2022年のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の主人公は、武家政権の基礎を固めた武士「北条義時」(演・小栗旬)だ。北条義時研究で注目される新進気鋭の研究者が、義時の周囲を彩った魅力的な女性たちを活写するシリーズの第3弾!

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『鎌倉殿の13人』の主人公北条義時の父である北条時政には、少なくともふたりの妻がいた。ひとりは伊東氏の娘で、義時や政子の母親といわれる先妻。そして、もうひとりが後妻の牧の方である。

明治時代に活躍した劇作家坪内逍遥が、牧の方をシェイクスピアのマクベス夫人(夫を叱咤して主君の暗殺をはかる女性)になぞらえて書いた戯曲『牧の方』の存在からもわかるように、前回の北条政子に続き、彼女もまた悪女として認識されてきた人物である。

残念ながら、牧の方の生没年は未詳。しかし、いくつかの史料から推定することはできる。

天台座主慈円の記した歴史書『愚管抄』には「時正(原文ママ)ワカキ妻ヲ設ケテ、ソレガ腹ニ子共設ケ、ムスメ多クモチタリケリ」とみえ、牧の方が時政にとって「ワカキ妻」であったこと、たくさんの娘を儲けたことがわかる。他の系図類も参照すると、少なくとも一男四女を産んでいることが確認できる。

時政の娘というと、北条政子のイメージがあまりにも強いが、政子の他にも多くの娘がいたのである。

娘たちの生年や、1227年に牧の方が時政の十三回忌を行なっていること(後述)などを勘案すると、牧の方は1150年後半~60年代の生まれ。政子の年下の可能性もあり、1138年生まれの時政とは20以上もの年の差がある。

もちろん、この数字は推測の域を出ないが、時政が自分の娘ほども若い女性を後妻に迎えたこと、そして政子や義時が同世代の女性を継母にもったことは確かであろう。

牧の方の父・牧宗親は、平忠盛の正妻で、平清盛に頼朝の助命を嘆願したことで知られる藤原宗子(池禅尼)の弟である。よって、牧の方は池禅尼の姪にあたる。

牧の方の家系は、白河院や鳥羽院に仕える院近臣を輩出する一族であった。したがって、時政は貴族社会の事情に明るく、幅広い人脈を持つ一族の女性を後妻に迎えたのである。

ふたりは京都で出会い、1180年の頼朝挙兵以前には婚姻関係にあったと思われる。

1182年11月、政子は牧宗親に命じて頼朝の愛人亀の前の居所を破壊させた。これは、「うわなり打ち」と呼ばれる行為で、夫をうわなり(後妻のこと)に奪われた先妻が、後妻の邸宅を襲撃するという社会慣習のひとつであるが、そもそも政子に亀の前の存在を密告した人物が牧の方だった。

この一件については、意地の悪い牧の方が、一騒動起こそうと政子に告げ口したと捉える見方もある。しかし、これは、のちの対立関係を前提として結果論的に導き出された解釈にすぎない。妊娠・出産で何も知らない政子の立場を心配して教えたという可能性も十分に考えられよう。同世代の女性同士、意外と仲良くやっていたのではないだろうか。少なくともこの一件に関して、政子は牧の方に感謝したに違いない。

北条政子歿後に京都遊覧旅行

1205年、政子の耳に時政・牧の方夫妻が3代将軍源実朝を廃し、娘婿の平賀朝雅を新しく擁立しようと企んでいるとの情報が入った。政子は急ぎ、実朝の身柄を父時政から弟義時の邸宅に移し、事なきを得た。計画の発覚を知った時政は出家し、伊豆に隠退したという。

この事件について、鎌倉幕府の編纂した歴史書『吾妻鏡』は、企ての首謀者を牧の方と記し、彼女ひとりを悪者に仕立て上げている。ただし、同書には北条氏に優位な曲筆が多く、かつ時政を首謀者と記す史料もあることから、慎重に吟味する必要がある。たとえ、この計画に牧の方の強い意向が含まれていたとしても、最終的な判断を下したのは時政であり、時政も牧の方と同罪と考えるべきである。

事件後の牧の方は、時政とともに伊豆に隠棲したと考えられる。

1226年11月、牧の方は上洛し、翌年正月23日、娘婿藤原国通の有栖川邸において、時政の十三回忌供養を執り行った。供養は、娘たちのほか、国通や冷泉為家ら公卿6名、殿上人10名、諸大夫数名が出席するという盛大なもので、牧の方のもつ人脈の広さがうかがえる。

さらに、供養の後には、宇都宮頼綱に嫁いだ娘と孫娘(冷泉為家の妻で妊娠7、8カ月か)を引き連れて、天王寺や南都七大寺に参詣している。歌人藤原定家(為家の父)は、嫁の体調を心配し、日記に「身重の女性を連れて行くとはいかがなものか」と不満を記しているが、牧の方にとってはどこ吹く風、親子三世代で遠出を楽しんだようである。すでに60代と推定されるが、なかなかパワフルな女性であった。

牧の方は人脈を駆使して、娘を京都の貴族に嫁がせた。こうして生まれた北条氏と京都との繋がりは、政治家時政を下支えするものであったといえる。1204年に成立した将軍実朝と京都・坊門家との婚姻も、牧の方の尽力によるところが大きい。 次回は、牧の方の政治的手腕に注目しながら、娘たちが歩んだ人生を紹介したい

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山本みなみ/1989年、岡山県生まれ。中世の政治史・女性史、とくに鎌倉幕府や北条氏を専門とし、北条義時にもっとも肉薄していると学界で話題を集める新進気鋭の研究者。京都大学大学院にて博士(人間・環境学)の学位を取得。現在は鎌倉歴史文化交流館学芸員、青山学院大学非常勤講師。今秋、北条義時の生涯と謎に迫る著書を刊行予定。

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