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3 夏目漱石 2

今から109 年前の今日、すなわち明治40年(1907)11月10日、40歳の漱石は、東京・早稲田南町の自宅書斎で、朝の10時から机に向かい原稿を書いていた。夕方4時までたっぷり時間をかけて書き上がったその原稿は、高浜虚子の短篇小説集『鶏頭』の序文。虚子本人からの依頼に応え、筆をとったものであった。

虚子は一般には正岡子規門下の俳人にして「ホトトギス」の主宰として知られ、確かにその世界で揺るぎない足跡を刻んでいる。代表句としても、

《子規逝くや十七日の月明に》
《遠山に日の当りたる枯野かな》
《桐一葉日当りながら落ちにけり》
《去年今年貫く棒の如きもの》

といった名句を残し、多くの後進の俳人も育てた。

けれど、その一方で、早くから小説にも志望を抱き、『斑鳩物語』『虹』『柿二つ』などの作品を著してもいるのである。

序文のだいたいの構想は、漱石は昨日から練っていた。そして、朝から原稿用紙に向かったのだが、いつになく苦心した。自分の小説や評論の原稿を書くより、よほど骨が折れた。分量も並大抵のものではなかった。単行本に収められると28ページにも及ぶ、長い長い序文であった。

この序文で漱石は、小説を写実派、浪漫派、自然派などという一般的な分類と異なる、余裕派と非余裕派の2種類に分けた。そして、俳味のある虚子の作品を前者に分類した。その上で、禅の悟りにも似た境地が、そこに通底していると見た。序文の末尾を、漱石はこう結ぶ。

《世間ではよく俳味禅味と並べて云う様である。虚子は俳句に於て長い間苦心した男である。従って所謂(いわゆる)俳味なるものが流露して小説の上にあらわれたのが、一見禅味から来た余裕と一致して、こんな余裕を生じたのかも知れない。虚子の小説を評するに方(あた)っては是丈(これだけ)の事を述べる必要があると思う。(略)虚子は必竟(ひっきょう)余裕のある人かも知れない》

自分自身では、随分と奮発して書いたつもりだが、改めて読み直してみると、なんだか意図したほど面白いものには仕上がっていない、つまらない原稿のようにも思えた。それでも、ともかく、書き上がった原稿は虚子宛てに送ることにした。

同封した手紙の追伸に、漱石は記した。

《当分序文ハカカナイ事ニシマス。ドウモ何ヲカイテ好イカ分ラナイ》

ある種の爽快感の伴う普段の脱稿時とは異なり、ぐったりとした疲れを感じている漱石先生であった。

■今日の漱石「心の言葉」
虚子の小説は面白い所がある。我々が気の付かない所に趣味を発揮している(『鶏頭』序より)

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

【県立神奈川近代文学館】
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。
■所在地/横浜市中区山手町110
■電話/ 045-622-6666
■休館日/月曜
※神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。最新刊に、『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)がある。

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