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夏目漱石、3年住んだ千駄木の旧宅が火事で焼けたと知って驚く。【日めくり漱石/11月4日】

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漱石は東京・千駄木の家に、明治36年(1903)3月から3年半余りにわたって住んだ。

家の持ち主は、漱石の学生時代の友人の斎藤阿具だった。斎藤阿具は勤務先の仙台二高から洋行し、空き家となっている千駄木の家は貸家に出されていた。漱石は偶然、仲介人を通して、この家を借りた。漱石の処女作『吾輩は猫である』は、この家に1匹の猫が迷い込んだことから生まれた。

さらに溯ると、斎藤阿具の持ち家となる以前、ここには森鴎外が住んでいた。鴎外は、漱石が同じ家に住んだことを知っていたが、漱石はそのことを知ることなく没した。

この千駄木の家の西側に、郁文館中学という私立学校があった。この学校の生徒たちは何かというと夏目邸の方に侵入してきては、高い声で話したり弁当を食い散らかしていったりして、漱石は迷惑をこうむっていた。注意してもなかなかおさまらない。ベースボールの球も、ときどき飛び込んでくる。癪にさわった漱石は、とうとう『吾輩は猫である』の中に、学校名は「落雲館」と変えながら、この生徒たちの迷惑な行状をユーモアをまじえて描き込んだほどであった。

生徒たちの騒々しさは、時として夜にも及んだ。門下生の鈴木三重吉への手紙に、漱石はこんなふうに書いている。

《この学校の寄宿舎がそばにあって、その生徒が夜に入ると四隣の迷惑になる様に騒動する。今夜も盛にやっている。この次はこれでも生捕ってやりましょう》(明治38年12月31日付)

ここでいう「生捕る」とは、連載進行中の小説『吾輩は猫である』の中に題材として取り上げることを意味している。

さて、今から107 年前の今日、すなわち明治42年(1909)11月4日、この郁文館中学から火が出た。怪我人はなかったものの、火は容易に消えず、千駄木の漱石旧宅の一部にまで類焼するという事態となった。漱石一家はすでに引っ越していて直接的な被害はなかったが、この話を耳にした漱石は、昔を思い出して、

「中学を建て直すときは、運動場を他に移すか、垣根を高くして、ベースボールの球が飛んでこないようにしてほしいもんだね」

と口にしたのだった。

この11月4日は、9日前に満洲(現・中国東北部)のハルビン駅で暗殺された伊藤博文の国葬の日でもあった。数十万の人がその葬列を見送った。伊藤博文の暗殺現場は、つい何日か前に漱石が『満韓ところどころ』の旅で通った場所だった。そんな奇遇もあって、漱石は改めて感慨を噛みしめるのだった。

■今日の漱石「心の言葉」
どうする事も出来ずに、焔を見物している。焔は鼻の先から燃え上がる(『永日小品』より)

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

【県立神奈川近代文学館】
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。
■所在地/横浜市中区山手町110
■電話/ 045-622-6666
■休館日/月曜
※神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。最新刊に、『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)がある。

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