サライ.jp

3 夏目漱石 2

今から116 年前の今日、すなわち明治33年(1900)11月1日、漱石はテムズ河北岸に近いリバプール駅から12時40分発の汽車に乗り、ケンブリッジへ向かっていた。イギリス海軍大佐夫人のミセス・ノットが用意して日本公使館に届けておいてくれた紹介状を携え、ケンブリッジ大学を訪問しようとしていたのだった。

ノット夫人は熊本の救癩病院で働いていた宣教師グレイス嬢の母親で、漱石は熊本で面識を得ていた。そもそも漱石は、熊本の第五高等学校に在籍する英語教師(教授)として文部省派遣の給費留学生に選出され、英国へ渡ってきているのである。

といっても、ノット夫人に紹介状を書いてくれるように頼んだのは、熊本での出来事ではない。漱石はノット夫人と、洋行する船の中で偶然に再会した。夫人はこの再会を喜び、船中で漱石をお茶の席へ招いた。その席で会話するうち、夫人は漱石のためにケンブリッジ大にいる知り合いへの紹介状を書いてくれることを約束したのだった。

ケンブリッジ大は、30余りのカレッジからなるカレッジ制を採っている。すべての学生は、どこかひとつのカレッジに所属する形態となる。カレッジは「学寮」とも訳されるもので、教師と学生が寝食を共にしながら学ぶのである。

紹介状は、同大のペンブルック・カレッジの学部長チャールズ・フリー・アンドリュース宛てのものであった。漱石は午後2時頃に到着。すぐにアンドリュースを訪ねたが、あいにく留守で、4時のティータイムには戻るという話だった。

講義や約束のためではなく、「ティータイムに戻る」という辺りが、いかにも、お茶を飲む時間を大切にする英国らしさがあらわれている。

留学が決まった漱石は、いったん東京へ戻って身支度を整え、欧州行きの船に乗った。写真は明治33年6月に熊本を去る前、第五高等学校の生徒らと。左端が漱石。神奈川近代文学館所蔵

留学が決まった漱石は、いったん東京へ戻って身支度を整え、欧州行きの船に乗った。写真は明治33年6月に熊本を去る前、第五高等学校の生徒らと。左端が漱石。神奈川近代文学館所蔵

漱石は市街を散策し、さらに理髪店に入って時間をつぶし、再訪した。アンドリュースにひと通りの話を聞いたあと、漱石はペンブルック・カレッジに在籍している日本人学生の田島担とも面会。その夜は、アンドリュースの宿舎に泊まった。翌日も構内や近辺を案内してもらい、ロンドンに帰り着いたのは、夜9時過ぎだった。

ケンブリッジ大はオックスフォード大と並ぶ英国の名門大学であり、このどちらかで学ぶのがいいだろうと、当初から漱石は考えていた。ところが、このケンブリッジ訪問で明らかになったのは、文部省から支給される留学費では、とてもそこで学生生活を送ることはできないということだった。

オックスフォードも同様であることは、明白だった。のちに漱石は、日本にいる友人たちに宛てた手紙にこう綴っている。

《段々大学の様子を聴て見ると先づ普通四百磅(ポンド)乃至(ないし)五百磅を費やす有様である。この位使わないと交際などは出来ないそうだ(略)留学生の費用では少々無理である。無理にやるとした処が交際もせず書物も買えず下宿にとじ籠って居るならば何も「ケムブリッジ」に限った事はない》

当時の為替レートでは10ポンドがおよそ1円。500 ポンドは50円。文部省から支給される月150 円の留学費では、生活費や学費はなんとかまかなえても、とても交際費までは捻出できないのであった。

漱石はこうして、ケンブリッジやオックスフォードで学ぶことを断念した。漱石はのちに『文学論』序の中に、こんなふうにも綴っている。

《余の如き東洋流に青年の時期を経過せるものが、余よりも年少なる英国紳士に就てその一挙一動を学ぶ事は骨格出来上りたる大人が急に角兵衛獅子の巧妙なる技術を学ばんとせるが如く、(略)三度の食事を二度に減ずるの苦痛を敢てするの覚悟を定むるも遂に不可能の事に属す》

それでも、もし漱石先生が富裕な商人の子弟のように、ゆとりある留学資金を与えられ、ケンブリッジで英国青年たちとともに2年間を過ごしていたならば、かなり趣の異なる留学生活となったのではないか。そんなことを想像してみたくなる。

■今日の漱石「心の言葉」
余が留学は紳商子弟の呑気なる留学と異なり(『文学論』より)

夏目漱石肖指定画像(神奈川近代文学館)720_141-02a

夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

【県立神奈川近代文学館】
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。
■所在地/横浜市中区山手町110
■電話/ 045-622-6666
■休館日/月曜
※神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。最新刊に、『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)がある。

夏目漱石ありし日々の面白エピソードを毎日連載!「日めくり漱石」記事一覧へ

himekurisoseki-3

ランキング

人気のキーワード

新着記事

ピックアップ

サライプレミアム倶楽部

最新記事のお知らせ、イベント、読者企画、豪華プレゼントなどへの応募情報をお届けします。

公式SNS

サライ公式SNSで最新情報を配信中!

  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram
  • LINE

サライ最新号
2020年
10月号

サライ最新号

大人の逸品Online Store

通販別冊
通販別冊

心に響き長く愛せるモノだけを厳選した通販メディア