文豪・谷崎潤一郎の健康の秘訣は「欲するままに精一杯貪る」こと

法然院墓地にある谷崎潤一郎夫妻の墓

法然院墓地にある谷崎潤一郎夫妻の墓

谷崎潤一郎(1886-1965)は小説家。東京に生まれ、東京帝国大学国文科を中退。在学中から作品を発表し、新進作家として評価を得た。

そして『刺青』『春琴抄』『痴人の愛』など、独特の美意識による作品を多数発表し、「大谷崎」と称された。私生活では3度結婚した。

谷崎潤一郎は生涯、旺盛な創作活動を続けた。72歳のとき、持病の高血圧の発作が起き、以降、右手が不自由になったが、口述筆記によって作品を発表し続けた。

谷崎は健康の秘訣について、「人は健康になろうと思ったら、西洋流に強く明るく、積極的に生きることだ。食物であろうが、色欲であろうが、欲するままに精一杯貪ることだ」と述べている。

谷崎晩年の代表作『瘋癲老人日記』で、主人公・卯木督助は、死を考えることについて「若イ時ハ非常ナ恐怖感ヲ伴ッタガ、今デハソレガ幾分楽シクサエアル」と語っている。これは谷崎自身の心境だろう。

79歳の誕生祝いの席で、谷崎は冷たいシャンパンを飲み干し、好物の鱧(はも)など、料理を次々と平らげてその健啖(けんたん)ぶりを見せつけたが、翌日に体調を崩し、その5日後に亡くなった。最後まで己が欲するままに生きたといえるだろう。

文/内田和浩

※本記事は「まいにちサライ」2013年12月27日掲載分を転載したものです。

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