神奈川県小田原市内で行われた催事にて。

神奈川県小田原市内で行われた催事にて。

取材・文・写真/澤田真一

日本人は何でも「道」にしたがる民族だ。それは武道にも当てはまる。本来、戦争の技術であるものを「◯◯道」として発展させるのは、日本人のお家芸とも言えるだろう。考えてみれば、こんなに不思議な現象はない。

だが、その民族性のお陰でわれわれ現代人は「世界唯一の伝統武芸」を全国各地で見学できるのだ。たとえば弓や火縄銃の演武である。

まずは弓について話そう。

矢を放つ直前、射手は空気抵抗にも耐えなくてはならない。

矢を放つ直前、射手は空気抵抗にも耐えなくてはならない。

■日本の弓はなぜ非合理な形をしているのか?

日本の弓は、極めて特殊な形状である。握りの部分を中心にすれば、上下非対称で、下半分が短くなっている。

1346年にフランスで発生したクレシー会戦は、フランス軍のクロスボウ隊をイングランド軍のロングボウ隊が打ち破るという結果に終わった。このロングボウは和弓と同じ2mクラスのものだが、上下比率は対称である。

イングランド人にとってのロングボウとは、小作人以上貴族以下の中産階級の武器だ。彼らは数合わせの雑兵ではないが、騎乗できる身分でもない。一方で和弓は刀と同じ「武士の魂」である。武士は騎乗するから、弓もそれに合わせて独自の進化を遂げた。

だが、ここで疑問が浮かぶ。普通に考えれば、馬上で扱う弓は全体的に短くなるはずだ。たとえば騎射を前提とするモンゴルの弓騎兵は短弓を使っている。和弓が短弓の道を選ばず、上下非対称の形状に進化した理由。それこそがまさに「侍の真髄」に該当する部分ではないか。

現代の科学を導入すれば、和弓の合理性を解析することができる。だが、数百年前にそうした解析が可能だったわけではない。戦国時代の武士はニュートン力学など知らない。

つまり、これは宗教の問題なのだ。「弓道」という名の宗教である。

たとえば疾走する馬上から的を射る「流鏑馬」(やぶさめ)は今も全国各地の催事で行われているが、弓を短くして代わりに現代の複合素材を使えば、もっと軽く強い弓ができるはずだ。でも、それをした途端に、流鏑馬も弓道も存在意義を失うだろう。科学では解明できない意味合いが、そこに含まれている。

愛知県新城市で行われた催事にて。

愛知県新城市で行われた催事にて。

■火縄銃の「演武」にこめられた不思議な精神性

そしてそれを言うなら、火縄銃も同じである。

戦国関連イベントの目玉といえば、火縄銃部隊の一斉射撃である。日本には今も鉄砲保存会が複数存在するが、これらはやはり「道場」と言うべきだ。

日本の鉄砲隊は、非常に規律正しい。アメリカやヨーロッパの古式銃保存サークルのように、それぞれが己の判断でバンバン撃つようなことは絶対にしない。談笑しながら弾を込めたり、白い歯を見せた状態で引き金を引くこともない。

武道の基本は「常に戦場に在り」だ。隊列行進、弾込め、発射は必ず指揮官の号令を受けて行われる。

欧米のマスケット銃のイベントが「パフォーマンス」であるのに対し、日本のそれは「演武」である。これもじつに奇妙な現象だ。なぜなら本来銃器というものは器械に過ぎず、精神性を見出す代物ではないはずだからだ。

だが、我々日本人はそんな火縄銃にも「道」があることを否定しない。いや、否定できないのだ。精神性というものは、そもそも目に見えないもの。だが、そこにしっかりと存在する。

やはりこの世界は、科学だけでは全容を解明できないのだ。

この射手たちが抱えている銃は、取り扱いの難しい大口径のものである。

この射手たちが抱えている銃は、取り扱いの難しい大口径のものである。

現代日本人は、羅針盤を失っているようにも思える。だからこそ、古来から受け継がれてきたものをもう一度見直し、歩むべき道を模索してみる必要がある。

その方法は、案外簡単かもしれない。先述の通り、流鏑馬や火縄銃の演武は日本の各地で催されている。とくに火縄銃の音を聞いたことがないという方は、ぜひ演武を目の当たりにしていただきたい。そしてその精神性を感じてほしい。未来につながるヒントが、きっと見つかるはずだ。

取材・文・写真/澤田真一
フリーライター。静岡県静岡市出身。各メディアで経済情報、日本文化、最先端テクノロジーに関する記事を執筆している。

 

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