旅を通して日本という国の多様性を感じてください【星野佳路さんの「星野流」旅指南 第6回】

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談/星野佳路(星野リゾート代表)

平成26年(2014)、栃木県にふたつの『界』が誕生しました。ひとつは中禅寺湖畔に面する『星野リゾート 界 日光』、もうひとつは鬼怒川温泉の北、長閑な里山の風情をみせる『星野リゾート 界 川治』です。

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『星野リゾート 界 日光』は、いろは坂を上って来ていただくのですが、冬のシーズンの銀世界に包まれたいろは坂があれほど綺麗だとは思いませんでした。いろは坂というと、どうしても紅葉のイメージがありますが、むしろ紅葉よりも新緑のころや雪のシーズンも美しいということを強調したいと思いました。

日光は世界遺産ということもあり、春から秋にかけて世界中から多くの観光客が集まるのですが、じつは日光はその後の冬も魅力があるということを伝え続けたいと思っています。

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星野リゾートでは、ご当地の魅力を発信することを身上としています。なかでも『界』は、温泉旅館に泊まることで、それぞれの地域の特長的な魅力を楽しんでいただけるように、「ご当地楽」や「ご当地部屋」を設けています。ご当地楽を統一のルールにすることによって、現地スタッフが一生懸命にご当地楽に相応しい魅力を探すのです。

『星野リゾート 界 日光』の場合は、日光下駄でタップダンスをしたいとスタッフから提案がありました。私は、それはお客様受けしない、変な話が始まった、と思いました(笑)。

何度もスタッフに疑問を投げかけるのですが、スタッフはしつこく説明してくる(笑)。日光下駄は400年受け継がれてきた伝統工芸であるにもかかわらず、まったく知られていない。江戸時代に寺社の境内に入るための草履が、石や雪、坂道が多い日光山内に合わせ、草履の下に木の下駄を合わせた御免下駄を作った。それが日光下駄の始まりだと知って、やっと納得。その日光下駄の魅力を引き出すために、タップダンスをするということだったのです。

確かに日光下駄は履き心地がよく、お客様のなかには、製作の工房へ立ち寄られて注文をされる方もいらっしゃるということで、古き良き伝統が発掘できたと、安堵しています。

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日光下駄のほかにも、栃木県宇都宮市の大谷町一帯から採掘される大谷石。これでオリジナルの器を作って料理に使用したり、鹿沼市の組子細工を障子にしたご当地部屋も用意しています。

鹿沼組子は日光東照宮造営のために集められた職人によって伝えられた技術です。細く挽き割った木に切り込みを入れて、カンナやノコギリなどで調節しながら、釘などを使わず手作業で組み合わせ、美しい模様を作り出します。緻密で精巧な伝統技術です。

ほかにもこの宿には、漆を塗った上に金粉で模様を描く蒔絵の柱や、鮑などの貝殻を薄く研磨したものを漆の表面に嵌め込む螺鈿の扉など、随所に日本建築様式の粋を凝らしてあります。

■栃木の里山らしさを感じる 『星野リゾート 界 川治』

川治温泉は、鬼怒川と男鹿川の合流部付近に湧く里山のいで湯です。栃木県の魅力を存分に楽しんでいただくという点では『星野リゾート 界 川治』のほうがわかりやすいですね。

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カタン、コトンと音を立てる水車、栃木県で栽培される野州麻という麻紙の紙漉き体験、大豆を石臼で碾くきな粉作り……。

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さらにかんぴょうを使ったおもてなしも考えています。かんぴょうは昔から馴染みある食品ですが、栃木県が8割以上の生産を誇っているということを知っている人は少ないようですね。私も知りませんでした。

その製法もじつにユニークです。ユウガオの実を桂剥きのように帯状に長く剝いて乾燥させます。実際に生産工程を見ると、こうやって作っていたのかと、目から鱗でした。かんぴょうを食べるたびに、ぜひ栃木を思い出してほしいと思いましたね。

こうしてご当地の魅力を発掘しようとすると、必ず何かしら地域の色や素材が出てくるんです。日本の土地の多様性は素晴らしい、と感じずにはいられません。

このような国は、日本しかありません。ですから、探すことを惜しんではいけないのです。土地の魅力を発掘し、伝えていくことが私たちの仕事であり、これこそがお客様へのおもてなしだと思っています。

■もっと自然遺産の魅力を知ってほしい

日光に代表される世界文化遺産。2014年には、初の明治の近代化遺産としての価値が認められた群馬県の富岡製糸場が登録されました。この世界「文化」遺産については、多言語で見られるサイトを作ったり、ガイドをつけたりと、さまざまな取り組みをしています。ところが世界「自然」遺産については、活用のノウハウが未熟な気がします。

日本には鹿児島県の屋久島、青森県と秋田県にまたがる白神山地、北海道の知床の3か所があります。いずれも素晴らしい自然遺産ですが、その良さが伝わっていません。

たとえば知床。知床海域に流れ着く流氷は、大量の植物プランクトンを含んだ淡水が凍ったものといわれ、春になり氷が解けだすと、食物連鎖が始まります。鮭や鱒が流氷の恩恵を受けて海で大きく育ち知床の川を遡上すると、今度はそれをヒグマやオジロワシが食べ、さらに森の奥に棲むシマフクロウも狙いにやってくる。

このような一体となった生態系が知床の自然の素晴らしさなのですが、残念なことにあまり知られていません。知床は世界遺産登録年の平成17年は来訪者が増えましたが、以降、減っているのが現状です。

それはなぜかというと、日本人は自然保護というと自然を守る一方に偏りすぎるからではないでしょうか。エコツーリズムのあり方は自然環境を守りながら、観光客を受け入れることなのです。資源の保護と観光業の成立や地域振興の融合を目指すという考え方が大切で、自然を守ることを第一にするならば、世界遺産に立候補するべきではないのです。

世界自然遺産であるアメリカのヨセミテ国立公園。この公園内にあるアワニーホテルは、居ながらにして大自然を満喫できる優雅なホテルで、このホテルに泊まるために世界中から富裕層が集まります。世界中を旅する人の視点に立って、楽しんでもらえるような宿泊施設や食、観光ガイドなどを整えることが、日本の旅をもっと豊かにしてくれるはずです。

■移動を楽しむ電車旅は 日本の文化のひとつ

世界経済フォーラムが140の国と地域を対象に行なう「旅行・観光競争力レポート」というものがあります。これは各国の観光地としての評価を、 国家規制やビジネス戦略、人的・文化的資源などの分野で調査するものです。2013年の調査では1位はスイス、日本は14位でした。

確かにスイスへ行くと空港からすぐに電車網が繋がり、どこへでもスムーズに出かけられます。電車の乗り継ぎが簡単で、車内には荷物置き場が充実し、食堂車もあり、旅行者に快適な旅を提供しています。

北陸新幹線が開業して、東京と上信越・北陸間がぐっと近くなりました。時間に正確で安全に運行する日本の鉄道技術は世界に類を見ないほど素晴らしい。ただ、電車旅の楽しみという点ではどうでしょう。

子どものころによく覚えているのは、新幹線の食堂車(ブッフェ車)のことです。車窓の景色を見ながら食事ができる、いろいろな人と話ができるというのは楽しいものです。ぜひ新幹線に食堂車を復活させてほしいですね。JR九州の「ななつ星in九州」には自分の客室があり、ラウンジがあり、食堂車がある。このような列車を日本中で走らせてほしいですね。日本には電車文化という歴史ある文化があるのですから。

■若い世代にこそ旅で日本を知ってほしい

電車旅のことでいえば、国内旅行の交通費の高さが気になります。旅に出ることに躊躇する若者が増える理由の一因ではないでしょうか。

大手旅行会社の調査では、若者の国内旅行実施率がどんどん落ちています。とくに20代男性は一年に一度も国内旅行をしたことがないという人が50%以上もいるのです。ソウルや台北には行ったことがあるが、日本は東京しか知らないという若者が増えているのです。

日本では学生割引とシニア割引が充実していますが、むしろ学生ではない20代割引というような料金体系を作り、国内旅行がしやすい仕組みを国全体として真剣に考えるべきだと思います。自国の素晴らしさを知らない若者を作らないようにしなければ。

若者の旅ということで、私たちが始めた取り組みが「100 TRIP STORIES」です。日本を旅してみたいという海外の20代の若者100人に日本文化を体験してもらい、レポートをサイトアップしています。そのレポートを読むと嬉しい気持ちでいっぱいになります。日本に来る前は、文化や歴史、日本食を目的に来る若者たちが、旅をすると日本人の親切心や街の清潔感などに驚き、日本のよさを発見するのです。

日本という国は、来れば来るほど、好きになってもらえる稀有な国だと思います。世界中に日本のファンを増やして、日本への理解度を深めてもらいたいものです。

そして、その前にまず日本の若者に日本中を旅してもらい、都市部だけではない日本の地域の多様性にもっと触れてほしいと思っています。

【星野リゾート 界 日光】
所在地/栃木県日光市中宮祠2482
電話/0570・073・011(界予約センター)
チェックイン15時/チェックアウト12時
1室2名利用1泊2食付きひとり2万4000円~。全33室。

【星野リゾート 界 川治】
所在地/栃木県日光市川治温泉川治22
電話/0570・073・011(界予約センター)
チェックイン15時/チェックアウト12時
1室2名利用1泊2食付きひとり1万9000円~。全54室。

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星野佳路(ほしの・よしはる)
昭和35年、長野県軽井沢町生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、米国コーネル大学ホテル経営大学院にて経営学修士号を取得。平成3年、株式会社星野温泉(現・星野リゾート)代表取締役社長に就任。平成15年には国土交通省より、第1回観光カリスマに選定。趣味はスキーで国内外で滑走を楽しむ。

※この記事は2015年6月号増刊『旅サライ』より転載しました。
取材・構成/関屋淳子
撮影/浜村多恵