老人と富士と新幹線。

老人と富士と新幹線。

文・写真/杉﨑行恭(フォトライター)

東海道新幹線の下り列車が三島駅を通過すると、右手に愛鷹山(あしたかやま)が迫ってくる。その山麓から茶畑を貫いて下ってきた新幹線は、トップスピードの時速285㎞で「岳南江尾」(がくなんえのお)駅の上を通過する。車窓を見るほとんどの乗客は富士山が姿を現すのを待っているが、私は反対側(左手)線路下に岳南電車を見るのを楽しみにしている。

この速度になると全長400mのホームも5.05秒で通過する。ホームの長さが約40mの岳南江尾駅が一瞬、コマ落としの映像のように見える。

そうしていつも新幹線からチラ見する「岳南江尾」駅を訪ねた。こんどは東海道本線吉原駅から電車に乗って9.2km、運転席の速度計は時速4km、途中にある製紙工場の構内を通過する時は2kmというゆっくりとした走りだ。

新幹線をくぐって到着。

新幹線をくぐって到着。

そして電車はちょっと懐かしいデザイン、これは渋谷と吉祥寺を結ぶ京王井の頭線の元3000形。岳南電車では7000形・8000形として今も現役だ。違うのは2両編成に縮められていることで、日中には1両でも運転している。

さて、乗客のほとんどが途中で下車してしまい、私ひとりになって終着の岳南江尾の駅に到着した。

岳南江尾駅 (11)

思いのほか広々とした駅構内、島式のホームには花壇があって色とりどりの花が咲いていた。そしてホームと駅舎の間にはちょっとした空間があって、3本の線路を構内踏切が横断している。

岳南江尾駅 (8)

その昔はこの駅から近隣の工場に引込線があって、「貨物輸送で貨車がけっこう停車していた」と駅舎のベンチでひなたぼっこしていたお年寄りが教えてくれた。当初は沼津までの延伸計画もあり、岳南江尾駅も線路を延長できる途中駅形でレイアウトされていた。そんな駅の上を、ときどきバチバチと音を立てて新幹線が通過していく。

今では無人化され職員の休憩所以外に使われていないような駅舎だが、昭和20〜30年台に流行した片流れ屋根の端正な姿で、切符売り場や小荷物を扱ったような窓口も残されていた。

岳南江尾駅 (5)

岳南江尾駅 (4)

岳南江尾駅 (12)

岳南江尾駅 (6)

ふたたびホームに戻れば、駅舎の背景に富士山が見えた。ここから直線距離で富士山頂まで23㎞の距離、ちなみに岳南鉄道の全駅(10駅)から富士山が見えるという。

駅の周囲は紙を扱う工場と住宅街になっていて、近くに郊外型のスーパーがあるだけで、観光的な見どころはほとんどなかった。それでも岳南電車は約30分間隔で運転され、私のような乗りテツが次の電車でもやってきた。

手作りの発車表示。

手作りの発車表示。

構内は広い。

構内は広い。

ちなみに運賃は全線片道360円、平日でも利用できる1日フリーきっぷが700円で買える。沿線の吉原本町駅から比奈駅にかけては豊富な湧水を利用した製紙工場や、昔ながらの街並みも探訪できる。また起点の吉原駅では鉄道ファン向けに岳南電車グッズも販売している。

私も乗ったり降りたりして1日楽しんでしまった。新幹線の車窓からほんの数秒見える岳南江尾駅と岳南電車にも、五分の魂があることを感じさせる旅だった。

【岳南江尾駅(岳南電車 岳南線)】
■ホーム:1面2線
■所在地:静岡県富士市江尾
■駅開業(駅舎も含む):1953年(昭和28)1月20日
■アクセス:東海道本線吉原駅から岳南電車で約21分

文・写真/杉﨑行恭
乗り物ジャンルのフォトライターとして時刻表や旅行雑誌を中心に活動。『百駅停車』(新潮社)『絶滅危惧駅舎』(二見書房)『異形のステーション』(交通新聞社)など駅関連の著作多数。

 

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