『職人尽歌合(しょくにんづくしうたあわせ)』より酒作の女。国立国会図書館所蔵。

『職人尽歌合(しょくにんづくしうたあわせ)』より酒作の女。国立国会図書館所蔵。

狂言には、賑わう中世の市でたくましく商売をする女性も登場する。『河原太郎』の妻は、河原の新市に酒を売りにやってくる。
「いずれも酒参れ、酒参れ、諸白(もろはく)のよい酒でござる」。

諸白とは、精白した米を使った上等の酒。おそらくは、この女房自ら醸成したのだろう。

上古(じょうこ)の昔、酒は女性が米を噛(か)んで唾液とともに吐き出して醗酵させたといい、酒作(さけづくり)は中世も女の大切な仕事だったようだ。現代と変わらず、飲酒を楽しむ人は、ごまんといただろうから、酒作は女たちの良い稼ぎとなっていたに違いない。

このしっかり者の妻には、太郎という何ともだらしない亭主がいる。市を開いて早々、「利き酒をさせろ」という。もちろん、妻は最初のお客も来ないうちから飲ませられないとたしなめる。すると太郎、腹いせに酒を買いに来た客たちに、「ここの酒は腐っていて、酸(す)っぱくて飲めたものじゃない」と商売の邪魔をするのだ。

当然頭に来た妻は、太郎を罵(ののし)り喧嘩となる。太郎が堪忍ならぬと妻を叩く。公衆の面前で家庭内暴力を振るわれて、こんな亭主愛想尽かしをしてもよさそうなものだが、妻は仕方なく太郎に好きなだけ酒を飲ませてやることにする。

太郎はご機嫌となって杯を重ねる。いい気になった太郎、「こうなったら滝飲みがしたい」、浴びるように飲みたいと言い出す始末。そこで妻は、杯に勢いよく注ぎ、太郎の顔にかかっても構わず注ぎ続け、挙句、太郎は苦しくなって這(ほ)う這(ほ)うの体で逃げ出して幕となる。

演出によっては、頭から酒を浴びさせることもあったようで、中世らしい、狂言らしい、女の意趣晴らしなのである。

写真・文/岡田彩佑実
『サライ』で「歌舞伎」、「文楽」、「能・狂言」など伝統芸能を担当。

※本記事は「まいにちサライ」2013年9月25日掲載分を転載したものです。

 

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