『JAZZ VOCAL COLLECTION』(ジャズ・ヴォーカル・コレクション)第6号「昭和のジャズ・ヴォーカルvol.1」(監修:後藤雅洋、サライ責任編集、小学館刊)

文/後藤雅洋

■歌の魅力は世界共通

「昭和のジャズ・ヴォーカルvol.1」は、戦後昭和20年代(1945~)から30年代にかけて活躍した大歌手たちが、「ジャズも歌っていた」という、今ではあまり知られていない事実、そしてそれが「想像以上に素晴らしいものだった」ということを実際の音源をもってお届けする、スペシャル企画です。

日本のジャズ史は意外と古く、戦前から一部の有閑階級はアメリカからジャズ・レコードを船便で取り寄せ、思いのほか早くデューク・エリントン楽団などの「最新ジャズ」に親しんでいました。また、新しもの好きなミュージシャンたちも、それらのレコードから「ジャズ」という新音楽を消化吸収していたのです。

それが昭和16年(1941年)の日米開戦と同時に、ジャズは「敵性音楽」としておおっぴらには聴けない音楽と化してしまいました。そして「ジャズ」が再び息を吹き返したのは、昭和20年(1945年)8月の終戦と同時に日本に進駐してきたアメリカ兵たちによってだったのです。米軍基地内のダンス・パーティや、アメリカ兵の持ち込んだジャズ・レコードによって、戦時中の「ジャズ空白期間」が大急ぎで取り戻されようとしたのです。

しかし、ジャズ界ではこの空白期間に「“ビ・バップ”革命」という一大変革が起きており、戦後のジャズ・ミュージシャンがその空隙を埋めるのは容易なことではありませんでした。ところが意外なことに、ジャズ・ヴォーカルにおいては早くから「本場ものに負けない」歌手たちが続々と登場していたのです。その理由はふたつほどあったように思います。まず、「歌」は「ジャズ」よりはるかに歴史も古く、また広がりもある音楽ジャンルであることが大きい。日本の「歌の歴史」は戦時中も途切れることなく、その蓄積があるので戦後も比較的無理なくジャズ・シーンの動きに乗ることができたのです。

もうひとつは、「才能」はお金のあるところに集まるという現実です。ポップスも含む戦後歌謡界には大きなお金が集まり、そこを目指して選りすぐりの歌手たちが覇を争ったのです。今回登場する美空ひばりにしても雪村いづみにしても、そして弘田三枝子もまた歌謡曲、ポピュラー・シンガーとして人々に親しまれ絶大な人気を博していたのです。彼女たちはある時代の「歌い手の頂点」に立った人たちだったのですね。

そんな彼女たちのジャズ歌手としての実力がいまひとつ語り継がれていないのは、要するにポピュラー歌手としての人気、知名度のほうが圧倒的だったという理由が挙げられるでしょう。まったく同じ理由で、国民的スター石原裕次郎やザ・ピーナッツといった昭和の大歌手たちが、ジャズも歌っていたという歴史が忘れられようとしているのは、残念なことです。なんといっても、当時(昭和30年代)のジャズ・ファンはポップス、歌謡曲ファンとは比べものにならないほど少数派だったのです。

しかしそれだけではなく、数は少ないけれどもコアなジャズ・ファンたちもまた、そのころはちょっと考え違いをしていたように思えるのですね。私自身を含め、1960年代(昭和35年~)のジャズ(レコード鑑賞)喫茶ブームによって圧倒的に数を増やしたジャズ・ファンは、ジャズのほんとうの「聴きどころ」を少々誤解していたような気がするのです。当時大スターだったトランペッター、マイルス・デイヴィスやテナー・サックス奏者ジョン・コルトレーンの存在はあまりにも圧倒的だったので、どうしても日本のジャズ・ファンは「本場もの」第一主義になりがちだったのです。結果として、日本人のジャズを「ものまね」といって見下したのですね。

それじゃあと日本のジャズマンがあえて「日本的」な要素を取り入れると、今度は「ジャズっぽくない」と非難したりしたのです。似せれば「ものまね」、独自性を出せば「ジャズっぽくない」では、立つ瀬がありませんよね(笑)。それも異文化移入時にありがちな「憧れ」と「コンプレックス」がない交ぜになった心境だと、今となってみればわからないでもありません。

ヴォーカルを含め「ジャズ」という音楽を巨視的に眺めれば、その最大の特徴であり「聴きどころ」は、再三言及しているとおり、それぞれのミュージシャンの個性の魅力的な発現です。だとすれば、日本人ジャズマンの「日本的ジャズ」は、まさにジャズの王道だったのです。

さて、回り道をしてしまいましたが、昭和のジャズ・ヴォーカルの魅力・聴きどころは、まさにこの「日本的歌唱」と、それぞれの歌手の「圧倒的個性」がダブル・パンチで堪能できるところなのです! そう、もっと端的に言えば、日本ならではの「歌謡曲」やジャパニーズ・ポップスとジャズが、圧倒的歌唱力・個性を備えた選りすぐりの歌手たちによって巧みにミックスされ、見事な「日本のジャズ・ヴォーカル」となったのです。

■ひばりの圧倒的存在感

美空ひばり、本名加藤和枝は昭和12年(1937年)に横浜、磯子の鮮魚店の娘として生まれ、昭和が終わるとほぼ時を同じくして、平成元年(1989年)に52歳の若さで惜しくも病死した国民的大歌手です。死後、女性歌手として唯一、国民栄誉賞を授与された事実(男性歌手は藤山一郎のみ)がその存在の大きさを雄弁に語っているでしょう。

しかし私自身を含めた「洋楽ファン」の間で、その偉大さがほんとうに理解されているかどうかは、微妙なところではないでしょうか。その「無理解」は、先ほどの1960年代のジャズ・ファンの誤解と似たところがあって、ある世代の音楽ファンには「日本的なもの」を「近親憎悪」的に忌避し、アメリカ文化に憧れ、1960年代ポップスやジャズに入れあげる傾向があるのですね。

そうした若者特有の発想からみると、美空ひばりに代表される「歌謡曲的なもの」あるいは「演歌的なもの」は、「古臭い日本」の象徴として本能的に忌避されたのでした。つまり、歌手に対する本来の評価軸である「歌唱力」にまで関心が向かっていないのですね。私自身がそうでした。ところがあるとき、テレビで美空ひばりの歌をあらためて聴いて、目からウロコ、当時(1970年代だったと記憶しています)のおおよその歌手たちとは隔絶した歌唱力は、まさに圧倒的。率直にいって、「涙」とか「別れ」など、若干湿り気を帯びた演歌調歌詞にはあまり共感できませんでしたが、それでもそこに込められた情感の豊かさには胸を打つものがあったのです。

ジャズ・ヴォーカルに話を戻せば、当初ひばりを「日本的=歌謡曲的」であると無視した「1960年代ジャズ・ファン」的気分が、あらためて彼女の「歌唱力」に気づき、そして、ジャズの聴きどころが個性の魅力的な発現にあることを理解すると、「なんだ、ひばりって凄いじゃないか!」となったわけです。つまり、私のような世代のジャズ・ファンにとっては、二転三転の末にようやく見えてきたのが、「昭和のジャズ・ヴォーカル」の魅力だったのですね。

しかし、そうしたよけいな「先入観」をもたない現代の音楽ファン、ジャズ・ファンのみなさんは、ごく自然に「日本的ジャズ・ヴォーカル」の魅力をお楽しみいただけるはずです。

それにしても美空ひばりの存在は圧倒的です。音楽面に限っても、現在に至る「日本歌謡史」のキーパーソンが彼女であることは歴然としています。「国民的行事」であったNHK「紅白歌合戦」で、司会者兼大トリ(最後に登場するスター歌手の位置)を務めたのは彼女しかいないとか、圧倒的なレコード売上げ枚数、獲得した賞の数々、死後もなお継続する人気の高さなどがそのことを雄弁に物語っています。

今回紹介する雪村いづみ、第18号「vol.2」に登場予定の江利チエミの3人による「三人娘」という発想は、ひばりたちを嚆矢として以後、伊東ゆかり、中尾ミエ、園まりなど、さまざまな組み合わせで芸能界に引き継がれています。また、歌手としてだけではなく、映画スターとして多くの作品に登場し、それこそ現代の「アイドル」の草分け的スタンスを獲得したのも、ひばりのずば抜けたキャラクターあってこそのものだったのです。

それにしても、「国民的スター」としての華やかな振る舞いとは対照的に、ひばりの私生活はかなり悲劇的だったのではないでしょうか。典型的なのは映画スター小林旭との意に染まぬ離婚劇や、まさに元祖アイドルの象徴のようにしてファンから塩酸をかけられた事件など、光の裏にある闇の深さもすさまじい。

そしてなんといっても壮絶なのは、晩年病魔に冒され痛みに耐えつつファンへの使命感、いや歌うことへの恐ろしいまでの使命感から無謀とも思える舞台出演を重ねた末の壮絶な死は、一種感動的ですらあるのです。まさに「ひばりの前にひばりなく、ひばりの後にひばりなし」なのです。

■“洋楽系”雪村いづみ

雪村いづみ、本名朝比奈知子は、ひばりと同じく昭和12年(1937年)に東京の目黒区大岡山に生まれました。事業家である父親が、その世代としては珍しくハワイアン・バンドに参加していたこともあって、子供のころからいづみは「洋楽」に親しんでいました。「御嬢」と母親兼マネジャーから呼ばれながら、鮮魚店の娘らしくいかにも庶民的なひばりとは対照的に、いづみはその華奢で可憐な佇まいも手伝った、いわゆる“お嬢さんキャラ”といえるでしょう。

しかし父親の自殺や母親が経営していた映画会社が倒産したりと不幸が続き、やむなくいづみは中学を卒業するとすぐに歌手として家計を助けたのでした。昭和27年(1952年)にいづみはプロ歌手としてデビュー、米軍の専用クラブに出演したりしたのです。こうした経歴も、経済的に逼迫したわけでなく「のど自慢大会」からスタートしたひばりとは対照的。

デビュー・レコードである「思い出のワルツ」はテレサ・ブリューワー作で、つまり洋楽。そして大ヒットし今回収録した「青いカナリヤ」を含め、いづみは当初から“洋楽歌手”として当時のファンに迎えられたのでした。このあたりも「リンゴ追分」など“歌謡曲・演歌歌手”のイメージが強いひばりとは対照的といえるでしょう。そしてやはり同時期にスター街道を歩みつつあった同い年の江利チエミとともに、「ひばり、チエミ、いづみ」の「三人娘」として戦後日本の芸能界に大きな足跡を残していくのです。

■ミコの黒人音楽志向

弘田三枝子、本名高木三枝子、愛称ミコはまさに「団塊世代」ど真ん中、昭和22年(1947年)に東京の世田谷に生まれました。ひばり、いづみらとはちょうど一世代違うことになります。わたくしごとですが、彼女は私と同い年なので、彼女の経歴・音楽体験は、実感として理解できるところがあります。

彼女もまた立川などにあった米軍基地で歌っていたのですが、なんとまだ7歳の小学生。かなり早熟ですね。昭和36年(1961年)にイギリスの歌手ヘレン・シャピロのヒット曲「子供ぢゃないの」「悲しき片思い」を歌い14歳でデビューします。そして翌年にアメリカの歌手コニー・フランシスが歌った「ヴァケイション」を採り上げ、これが大ヒット。昭和40年(1965年)には日本人歌手として初めてアメリカのニューポート・ジャズ・フェスに出演するという快挙を成し、名実ともに「実力派歌手」としての地位を築きました。
彼女の経歴で特筆すべきは、昭和43年(1968年)にそのころの日本ではまだ馴染みのなかったR&B=リズム・アンド・ブルースのコンサートを開いたことです。ジャズ以上に黒人音楽の要素が強いR&Bを歌えるというところが、ひばり、いづみら前世代歌手にはない強みといえるでしょう。

■今こそ“昭和”を聴き直す

さてここで美空ひばり、雪村いづみ、弘田三枝子3人の持ち味を比較してみましょう。

まず歌唱力という点ではひばりがずば抜けています。彼女は歌謡曲だろうが演歌だろうが何を歌っても巧いのですが、その「耳の良さ」がジャズでも発揮されています。そして彼女の歌唱の聴きどころは、まさに「日本的ジャズ」の魅力にあるといえるでしょう。

それに対し、いづみはその特徴的な声質や歌いまわしが圧倒的に個性的ですね。初めて彼女の歌を聴いた方でも、2度目からはすぐに「これはいづみの声」と聴き分けられます。この「すぐに聴き分けられる」というのは、器楽ジャズも含めジャズ・ミュージシャンにとってもっとも大切な長所なのですから、そういう点でいづみは傑出しています。また、彼女の歌唱法はアメリカの白人女性歌手に近く、それがいづみの個性といっていいと思います。

そして三枝子の持ち味は、なんといっても日本人らしからぬパンチの効いた歌いっぷりにありますね。リズム感や声質も、意図的に黒人女性歌手をコピーしており、それがかなり堂に入っています。

このように、三者三様に「ジャズ」を自家薬籠中のものとした「昭和のジャズ・ヴォーカル」は、今あらためて評価されるべきでしょう。(第18号「昭和のジャズ・ヴォーカルvol.2」に続く)

文/後藤雅洋(ごとう・まさひろ)
日本におけるジャズ評論の第一人者。1947年東京生まれ。慶應義塾大学在学中に東京・四谷にジャズ喫茶『い~ぐる』を開店。店主としてジャズの楽しみ方を広める一方、ジャズ評論家として講演や執筆と幅広く活躍。ジャズ・マニアのみならず多くの音楽ファンから圧倒的な支持を得ている。著者に『一生モノのジャズ名盤500』、『厳選500ジャズ喫茶の名盤』(ともに小学館)『ジャズ完全入門』(宝島社)ほか多数。

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