サラ・ヴォーン 声を楽器に新しいスタイルを築いた技巧派 【ジャズ・ヴォーカル・コレクション03】

書影_JAZZVOCAL03_s

『JAZZ VOCAL COLLECTION』(ジャズ・ヴォーカル・コレクション)第3号「サラ・ヴォーン」(監修:後藤雅洋、サライ責任編集、小学館刊)

声を楽器に新しいスタイルを築いた技巧派
文/後藤雅洋

高度な“ジャズ度数”

「エラ(・フィッツジェラルド)、サラ、カーメン(・マクレエ)」と並び称された黒人女性ジャズ・ヴォーカリスト、サラ・ヴォーンはもっともジャズ・ヴォーカリストらしい歌手といえます。

“ジャズ・ヴォーカル”は「歌+ジャズ」です。人類最初の音楽である「歌」と、“ジャズ”という新しい音楽が結びついたものが“ジャズ・ヴォーカル”なのですね。ですから古くは民謡、今ならポップスや歌謡曲など、ジャズではない歌だってたくさんあります。そうした“ジャズ”より幅広い音楽のまとまりの中で、「ジャズ度数」が一定値を超えた歌を、ジャズ・ヴォーカルと呼んだわけですが、サラの歌はとりわけ「ジャズ度数」が高いのです。

それでは「ジャズ度数」は何で測るのでしょう。いろいろありますが、いちばんわかりやすいのが「アドリブ」でしょう。ジャズ・ヴォーカルのアドリブには、メロディの一部を崩して個性を出す「崩し」から、「コード進行」という音楽の基礎構造を踏まえ、一定のルールに従って音符を自由に入れ替える高度な即興まで、幅があります。「崩し」はポピュラー歌手も取り入れていますが、「コード進行に基づくアドリブ」はジャズ歌手しかやりません。

この高度な即興技術は、19世紀末に始まるとされるジャズの歴史の最初からあったわけではなく、1940年代の半ばに、アルト・サックス奏者チャーリー・パーカーやトランペット奏者ディジー・ガレスピーが始めたジャズの改革運動、“ビ・バップ”によって初めてジャズに取り入れられました。パーカーたちの“ビ・バップ”は、それまでのジャズ・スタイルである“スイング”に比べあまりにも斬新だったので、当時のファンはまさに「今のジャズ」という意味で“モダン・ジャズ”と称したのです。

つまり、こうしたインスト(器楽)ジャズ由来の高度な歌い方を、サラ・ヴォーンは完全に身につけているのですね。“モダン・ジャズ”は以後ジャズの主流となり、40年代後半から60年代にかけて「ジャズの一般名称」にまでなったのですから、そのスタイルをこなしているサラが「もっともジャズっぽい歌手」とされるのもおわかりかと思います。

しかしパーカーたちが始めた“ビ・バップ”は、即興のスリルや演奏の生々しさにおいて明らかに傑出していたものの、芸能的「わかりやすさ」という点では若干「敷居」が高くなってしまったのは否めませんでした。つまり「芸術性」が高まることによって、相対的に「芸能的要素」が逓減したのですね。多くの方々がジャズに対して抱いている、マニア・ミュージック的イメージの始まりといってもいいでしょう。