余白使いがスゴすぎる!孤高の絵師・海北友松の傑作「叭々鳥図」を読み解く

取材・文/田中昭三

『サライ.jp』の別の記事でもお伝えしているように、いま京都国立博物館で「海北友松(かいほうゆうしょう」展が開かれている(~2017年 5月21日まで)。

狩野派や長谷川等伯を輩出した桃山時代の孤高の画家である友松は、その作品や人となりについて広く知られてるとは言いがたい。が、友松を知らずして日本画を語るなかれ、と言える巨大な存在である。

「松竹梅図」より「松に叭々鳥図襖」。大胆な余白に注目したい。太い松の幹が霞の中に浮かびあがり、その左上に2羽の叭々鳥。左右に鋭く伸びる枝が画面を引き締める。慶長2年(1597) 重要文化財 建仁寺禅居院(京都)蔵

海北友松の代表作に禅居院蔵の「松竹梅図」がある。松・竹・梅を主題とし、それぞれ襖4面の構成。今回は松と梅の計8面が出品されている。掲載図はそのなかの松図、通称「叭々鳥図(ははちょうず)」。右から3面目の襖、太い幹の左上に2羽の叭々鳥が描かれているところからその名がついた。

松の幹をやや左に描き、その左右に枝が垂れさがっている。ちょうど傘を開いたような構図である。しかし全体図を見ると余白がずいぶん多い。友松はその余白を、実に大胆かつ巧妙に生かしている。

右から2面目の襖にはほとんど何も描かれていない。間が抜けそうだが、実はそうではない。左の松の幹に注目しよう。幹は左側に湾曲している。2面目の余白はその幹の曲線と一体となり、広い空間を生みだしているのだ。いったい何のために?

それは一番右側に伸びる松の枝を生かすためである。左上から右下にスッと伸びる枝。もし右から2面目に何かが描かれていたら、それに気を取られて、この枝はたんなる点景にすぎなくなる。一番左の襖にも枝は描かれているが、それは襖4面全体のバランスを取る役目を負っている。実は左にも枝を配することにより、見る者の視線を右の枝へと誘導しているのだ。

上図に掲載した「松に叭々鳥図襖」の部分。右側の松の枝。一直線に伸びる線が枝に緊張感を与えている。この厳しい線は、武士の末裔だった友松ならではと評価する説がある。

もうひとつ注目すべき余白がある。画面の下、3分の1ほどの余白である。この余白には何が描かれているのか。余白だから、何もないではないか、と思ってはいけない。この空間にこそ、海北友松の面目躍如たるものが隠されているのだ。

画面全体をよく見ると、下から上に薄い色の帯が描かれている。まるで霞のようだ。松の幹はその霞の中に浮かび上がっている。この一連の屏風の「梅図」には咲き始めた梅の花が描かれているので、季節は早春である。ならば、松の画面は春霞の景観といえる。

「松に叭々鳥図襖」の部分。横に伸びる線の上に見える線描は船の帆のようにも見える。じっと見ていると印象派の画家・モネの作品のようだ。

では、どこの春霞なのか。そこで向って右の襖をさらに細かく見ることにする。その下の部分を注視すると、点を打ったような墨痕(ぼっこん)がポツポツと並ぶ。さらにその下部には左右に横線が走り、またその下にひと筆の線がある。

これは何らかの傷跡かも知れないが、ここから一つの仮説を立ててみたい。

例えば、この墨痕は山里の民家(あるいは水辺の葦)、左右の横線は水面と地上の境、ひと筆は船と読みとれないだろうか。

そうするとこの画面は友松のふる里、琵琶湖に他ならないという仮説が生まれる。琵琶湖の早春。湖面に霞が漂い、水面と地上の境界はおぼろとなる。湖面には小さな船が揺れ、彼方には民家が霞に包まれる。そんな風景としてこの襖絵を見れば、にわかに余白の重みが伝わってくる。

友松の姓「海北」は琵琶湖の古称「淡海(おうみ)」から名づけられたものだ。戦乱の時代、3歳で故郷を追われた友松にとって、琵琶湖は特別な「海」だったのである。

そんな海北友松とは、どんな顔つきをしていたのだろう? それがわかる貴重な作品が「海北友松夫妻像」だ。脇息(きょうそく)に肘をかけ頬杖をつき、自作の絵を妻の妙貞とみているところを、長男の友雪が描いたもの。後に友雪の次男・友竹が上部に賛を加え、友松の来歴を記した。笑みを浮かべた顔はいかにも好々爺である。友松作品の厳しさにはちょっとそぐわないが、一目会えただけでホッとする思いだ。

「海北友松夫妻像」(部分) 海北友雪/海北友竹賛 (画)江戸時代17世紀、(賛)享保9年(1724) 重要文化財

【今日の展覧会】
開館120周年記念特別展覧会 海北友松』
■会期/開催中~2017年 5月21日(日)
■会場/京都国立博物館
■住所/京都市東山区茶屋町527
■電話番号/075・525・2473(テレホンサービス)
■開館時間/9時30分から18時まで(入館は閉館30分前まで)
※ただし会期中の毎週金・土曜日は20時まで(入館は閉館30分前まで)
■休館日/月曜日
■展覧会公式サイト/http://yusho2017.jp/

取材・文/田中昭三
京都大学文学部卒。編集者を経てフリーに。日本の伝統文化の取材・執筆にあたる。『サライの「日本庭園完全ガイド』(小学館)、『入江泰吉と歩く大和路仏像巡礼』(ウエッジ)、『江戸東京の庭園散歩』(JTBパブリッシング)ほか。