今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「大きくなったら人にものを教える先生か、物を書く人間になるといいな」
--庄内の鳥刺し

鳥刺しとは、細い竹竿の先に鳥黐(とりもち)をぬったものを使って、小鳥をつかまえて売るのを生業(なりわい)とする人。

面長で、黒い顔をした、眼光鋭い鳥刺しが、山形県東田川郡黄金村(現・山形県鶴岡市)の小菅家の玄関口に立ったのは昭和12年(1937)。歳の頃は30くらいに見えたというから、明治末年の生まれだろう。

鳥刺しは、ひとりで留守番をしていた小学4年の小菅留治少年に、水を一杯所望し、それを飲み干したあと、土間に立ったままじっと少年の顔を見て、やがて上に掲げたような予言めいたことばを口にしたという。

ここまで鮮烈なものでないにしろ、ある程度年を重ねて己の来し方を振り返ると、人間はどこかで何かしら、印象に残るようなことばや出来事に、一度くらいは出会っているのかもしれない。そして、不思議とそのことに導かれるようにして、進んでいく人もいるのだろう。とくに、各界ですぐれた業績を上げた成功者に、そういう例が少なくないような印象があるのは、気のせいか。

読書が好きで本ばかり読んでいた小菅留治少年も、その後、山形師範学校に進み、教育界に骨を埋める気持ちで教職に就いた。ところが結核に罹患し、離職を余儀なくされる。足かけ7年にも及ぶ長い療養生活を経て、業界新聞の記者として再出発。その後も妻を病で亡くすなどの苦難を乗り越え、小説家として名を成した。直木賞はじめ、いくつもの文学賞も受賞した。

鳥刺しの予言は、ものの見事に的中したのである。

『用心棒日月抄』『蝉しぐれ』『三屋清左衛門残日録』などの作品で知られるこの「時代小説の名匠」のペンネームは、藤沢周平という。

さて、私自身、過去を顧みて何か記すべきことがあるか、思いをめぐらしてみた。子供の頃、誰かに予言めいたことなんぞ、言われていなかったか…。三日三晩考え抜いてみたが、記憶力も衰えつつある凡愚の身の悲しさ、ついに思い浮かぶところがなかった。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

 

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