今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「趣味は人間に大切なものである。趣味がなくても生きておられるかもしれぬ。しかし趣味は生活の全体にわたる社会の根本要素である」
--夏目漱石

夏目漱石の小説『野分』の中に綴られたことば。

漱石は絵画や音楽を好んで鑑賞するだけでなく、自ら絵筆を握ったり、能楽の名人について謡に没頭したりしている。寄席通い、相撲観戦なども楽しんだ。一流の趣味人だったと言える。

『野分』の中に、漱石はこうも書いている。

「趣味は人間に大切なものである。楽器を壊(こぼ)つものは社会から音楽を奪う点に於て罪人である。書物を焼くものは社会から学問を奪う点に於て罪人である。趣味を崩すものは社会そのものを覆す点に於て刑法の罪人よりも甚だしき罪人である」

「これ(趣味)なくして生きんとするは野に入って虎と共に生きんとすると一般である」

念のため、ここでいう「一般」は「同じこと」くらいの意味。

漱石ならずとも、趣味に深い思い入れを発揮する人は少なくない。

時には、本業以上に趣味にのめり込んでしまう場合さえある。

井伏鱒二も、こんな台詞を口にしている。

「小説が下手だということは書かれてもいいが、釣師として魚を買ってきたなんていうことを言われることは許せない」

一体、どういうことだろう?

井伏鱒二は文壇の太公望とでもいうべき人、釣り好きだった。小学校に入学した明治38年(1905)、海で一尺(約30センチ)はあろうかという黒鯛を釣ったのが最初の釣果。以来、甲州を中心に全国各地を、竿をかついで旅した。釣りをテーマにした作品も、数多く書いている。

そんな井伏が、ある日、鬼怒川温泉の奥、湯西川で大きなイワナを釣り上げた。東京の料理屋の若主人を介して、それを人に馳走したところ、とんでもないゴシップ記事が週刊誌に掲載された。その魚が、温泉帰りにその辺で買い求めた鱒ではないか、という内容だった。これを見てかんかんに怒って、周囲に公言したのが上の台詞だった。

この台詞からも、井伏鱒二がいかに気合をこめて釣りという趣味に取り組んでいたかが知れるのである。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

 

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