今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「このたび、医者のすすめにより、禁酒いたしました。ついに李白たるあたわず」
--小川未明

夏目漱石の身長は約153 センチ。これが、当時の日本人の平均的な数字だった。ところが、童話作家の小川未明は、明治の生まれにして身長180 センチの雲突く大男。上野の寄席の前を歩いていると、呼び込みが相撲取りと見誤ったという。

だが、愛用のハンチングの下は、力士とは大違い。かたや長髪を大銀杏に結い上げるが、小川未明は坊主頭。多血質で、髪をのばすと頭がほてって仕方がなかったらしい。

飲みっぷりは、力士並み。夕間暮れ、和服にハンチング姿で新宿あたりへ繰り出すのが無上の楽しみ。性急に飲み食い、場所を変え、財布の中身を使い果たすような豪快な飲み方をした。

そんな彼が、昭和12年(1937)8月20日付で親しい友人たちにあてて書いたハガキの文句が掲出のことば。だが、多くの左党のご多分にもれず、決意は長くはつづかなかった。

高橋是清の逸話を思い出す。是清が東太郎と名を変えて九州にくだり唐津の英語学校で教師をしていた時代、連日の大酒のため、ある日とうとう血を吐いた。さすがに酒をやめた是清だが、回復した様子を見て周囲がまた盛んに酒をすすめる。

是清は匂いを嗅ぐのもいやだと断ったが、ならば鼻をつまんで飲めと、なおも強いる。仕方なくその通りにすると、おや、案外いけるぞ。2杯目は鼻をつまむ必要もなくなり、3杯目からは元の木阿弥、たちまち大酒呑みに戻ったというのだ。

ああ、かくいう私自身も、過去に何度、禁酒を決意し、そのたびに決意を翻してきたことか。

ちなみに、高橋是清の唐津時代の教え子のひとりが、のちに日本の建築界を背負う辰野金吾である。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

 

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