今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「船は一等、ホテルはその町の一番良いホテル、そしてその中の一番安い部屋、ときめている」
--藤原義江

藤原義江は、草創期の日本オペラ界をリードしたオペラ歌手だった。明治31年(1898)山口県の生まれ。父はイギリス人、母は日本人のいわゆるハーフ。20歳で浅草オペラにデビュー。イタリア留学を経て、海外や日本の各地で歌い、「藤原歌劇団」も設立した。美貌のテナーで、恋多き男としても知られた。

掲出のことばは、その著『流転七十五年』の中に記されたもの。つづけて、藤原はこう説明している。

「今は飛行機だが、昔は外国に行くには船しかなかった。一航海が長いので、船に乗る時もホテルと同じに、一番大きな船の一等船室の、その中でも安い部屋にする。要するに一等の船室、良いホテルならば、高い部屋でも安い部屋でも、廊下やロビーはみな同じもの。与えられたチャンスに、できる範囲の贅沢をするという心のゆとりである」

贅沢三昧に散財できるほどの身分でないにしろ、一流のいいものにふれる機会は大事にしようという心掛け、とも言えるだろうか。天井桟敷でいいから、一流の劇場の一流の舞台に生で接する、というようなやり方にも通ずるか。コストパフォーマンスからしても、ひとつの考え方だろう。

そういえば、家人はパリに留学していた頃、オペラ座の天井桟敷の6ユーロ(当時のレートで約750 円)のチケットを購入し、バレエの公演を観たことがあるという。見切り席で、舞台は半分しか観えなかったが、幕間にシャンパングラスを手に座席にすわる老婦人を見かけ、あんなふうに年をとれたらカッコイイなと、深く感じるものがあったという。こうした出会いも、ひとつの収穫なのだろう。

なお、晩年の藤原義江は、借金返済のため鎌倉の家と土地を売り払ったあと、帝国ホテルを住まい代わりとしたという。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

 

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