世界に飛び出した「日本のジャズの歌姫」たち【ジャズ・ヴォーカル・コレクション18 昭和のジャズ・ヴォーカルvol.2】

『JAZZ VOCAL COLLECTION』(ジャズ・ヴォーカル・コレクション)第18号「昭和のジャズ・ヴォーカルvol.2」(監修:後藤雅洋、サライ責任編集、小学館刊)

『JAZZ VOCAL COLLECTION』(ジャズ・ヴォーカル・コレクション)第18号「昭和のジャズ・ヴォーカルvol.2」(監修:後藤雅洋、サライ責任編集、小学館刊)

文/後藤雅洋

■日本的ジャズという個性

第6号「昭和のジャズ・ヴォーカルvol.1」では、美空ひばりはじめ「昭和の大歌手たち」が「ジャズも」歌っていたということ、そしてそれが想像以上の素晴らしさであったことを紹介しました。その解説では、こうした優れた歴史があまり知られていない理由も具体的に説明しました。この点については、今回の「昭和のジャズ・ヴォーカルvol.2」にも当てはまる重要なポイントなので、くり返しになりますが簡単に復習しておきましょう。

それは、ふたつの理由があります。まず前回登場した、美空ひばりにしろ雪村いづみにしろ、そして弘田三枝子にしても、それぞれ歌謡曲、ポピュラー・シンガーとして一時代を画した大歌手であり、その人気はもっぱら歌謡曲、ポピュラー・ソングの大ヒットによって支えられていました。「ジャズ歌唱」は彼女たちの「ごく一部」にすぎなかったのですね。

また、本来ならその限られたジャズ歌唱に注目してしかるべき昭和30年代当時のジャズ・ファンにも、問題がありました。時代もあって、「本場が第1」とばかり最初から日本のジャズ・ヴォーカルを色眼鏡で見ていたのですね。つまり彼女たちの歌唱の「日本的な要素」をネガティヴなものと決めつける姿勢です。これはそのままジャズに対するそのころの理解の限界にも繫がります。

ジャズという音楽は「黒人音楽」として誕生しましたが、それが今では世界じゅうの人々に愛好され演奏される「世界音楽」となった理由を考えてみましょう。1940年代半ばに興った一大ジャズ革命“ビ・バップ”は、西欧音楽の「和声」という考え方を、チャーリー・パーカーという天才的黒人アルト・サックス奏者が、じつにユニークな発想で即興演奏(アドリブ)の土台に据えたのです。そして以降のジャズの歴史は天才パーカーが切り拓いた道筋を辿り、途切れることなく現代ジャズにまで繫がっているのです。つまり「ジャズ」には、「隠し味」のように白人音楽という異文化の要素が潜んでいるのですね。

このようにハイブリッド化した「ジャズ」は、もはやたんなる「黒人音楽」の枠組みを離れ、より普遍性をもった「魅力的個性の発揮」という優れた特徴を前面に押し出すことで、「人種」や「文化的背景」を超えた「世界音楽」たりえたのです。つまり、「日本調」であったり「歌謡曲的」であったとしても、それ自体は「ジャズ」にとって特段問題になるようなファクターではないのですね。

■米軍キャンプで洋楽吸収

そろそろ本題に入りましょう。「昭和のジャズ・ヴォーカルvol.2」の特徴は、「vol.1」に比べ相対的に「ジャズ寄りな歌手」を中心にセレクトしました。美空ひばり、雪村いづみと元祖「3人娘」を結成した今回のスター歌手、江利チエミ(以下太字は今号CD収録ヴォーカリスト)は、最初から「バタ臭い歌い手」としてデビューし、その立ち位置はひばりとは微妙に異なっています。なんといってもチエミのデビュー曲は洋楽「テネシー・ワルツ」であるのに対し、少女歌手ひばりの名を世に知らしめたヒット曲のひとつが「リンゴ追分」であるという事実に、そのことが象徴されているでしょう。「ワルツ」と「追分」のイメージの違いは大きいですよね。

江利チエミ、本名久保智恵美は1937年(昭和12年)に東京の下町、下谷に生まれました。ちなみにこの生まれ年は「3人娘」の美空ひばり、雪村いづみと同年で、誕生日はチエミがいちばん早く、いわばお姉さん的立場といわれています。またチエミは3人の中ではもっとも音楽的・芸能的環境に囲まれて育っていることも注目すべきでしょう。

父親は独学でクラリネットやピアノを習得し、船のバンドで働くミュージシャン。彼はのちに、当時人気の三味線漫談家、柳家三亀松の伴奏を行なう芸人となっています。そして母親は、東京少女歌劇出身の女優、谷崎歳子という、まさに音楽・芸能一家に生まれました。

チエミもまた「天才少女」として歌手デビューすることになるのですが、その理由はもっぱら家計を支えるため。というのも、彼女が生まれるころに父親は師匠の柳家三亀松といざこざを起こし失業、そして病弱だった母親や戦後のどさくさで職を失った兄たちを、なんとまだ12歳のチエミが進駐軍のキャンプ回りなどの仕事で支えていたというのですから、たいしたもの。比較的裕福な家庭に育ったひばりとは大違いです。むしろ、やはり生活のため芸能活動に身を投じた雪村いづみと似た境遇だったといえるでしょう。

第2次世界大戦後日本に進駐してきたアメリカの占領軍は、各地に「キャンプ」と呼ばれた軍事施設を設けていました。そこではアメリカ兵たちの娯楽のために音楽が必要とされ、日本人もこの施設に出演するという状況があったのですね。そこで求められる音楽は当然「洋楽」で、ジャズを含む日本の「洋楽文化」は米軍キャンプから始まったのでした。ちなみに「vol.1」で解説しましたが、いづみもまた米軍専用クラブで音楽活動を開始していましたよね。

チエミはキャンプ回りで人気を得、アメリカ兵たちから「エリー」と愛称される「ちびっ子アイドル」となったのです。芸名の江利はこの愛称からとったものです。そしてまだ子供のチエミを可愛がってくれたアメリカ兵から「テネシー・ワルツ」のレコードをプレゼントされたことが、飛躍の大きなきっかけとなりました。

1952年(昭和27年)チエミ15歳の年、「テネシー・ワルツ」と「家へおいでよ」を収録したレコードが大ヒット、一躍「美空ひばり以来の天才少女」としてファンの知るところとなったのです。翌53年チエミはアメリカに渡り、キャピトル・レコードからレコードをリリースする快挙を成し遂げました。くわえて同年ロサンゼルス、ハワイでの公演も成功裏に終わり、ジャズ・ヴォーカル・グループ「デルタ・リズム・ボーイズ」とともに凱旋帰国。彼らと共演したコンサートを日本各地で開き、一躍「ジャズ・ヴォーカリスト」として知られるようになったのです。

とはいえ、チエミはスタート時こそ「ジャズ・ヴォーカリスト」として注目されましたが、帰国後ひばり、いづみと「3人娘」を結成し、ステージ、映画と大活躍するうちに、より一般的なポピュラー・シンガー、映画女優として人々の人気を得るようになったのはみなさんご存じのことと思います。ファンの世代によっては、映画『サザエさん』シリーズ(のちにテレビドラマ化/GNOSISコラム参照)のコミカルなイメージのほうが鮮烈かもしれません。(82年〔昭和57年〕死去)

■アメリカで開花した歌姫

チエミと対照的なのがナンシー梅木でしょう。というのも、彼女の名を知っているのはかなりコアなジャズ・ファンに限られ、一般的な洋楽ファンはほとんど彼女の歌を聴いたことがないと思われるからです。というのも、彼女は最初からジャズ歌手としてデビューし、ジャズ・ファンからは絶賛されましたが、チエミの「テネシー・ワルツ」のようなポピュラーなヒット曲は出していません。くわえて彼女は活動拠点をアメリカに移してしまったのも、一般的認知度にとってはマイナスでした。

ミヨシ・ウメキ、本名梅木美代志は日本ではナンシー梅木の芸名で活動していました。1929年(昭和4年)に北海道の小樽で生まれています。チエミらより完全に一世代上ですね。彼女がジャズ界にデビューしたのもやはり進駐軍との関わりでした。彼女のお兄さんが連合軍の通訳をしていた関係で、ナンシーは米軍キャンプで歌手デビュー。当時の人気ジャズ・バンド、レイモンド・コンデ率いる「ゲイ・セプテット」などで人気を博し、映画にも出演しています。

55年に渡米し、以後は活動拠点をアメリカに移します。56年にテレビ出演し、着物姿で歌って話題となります。これがきっかけでマーキュリー・レコードにレコーディング。今号にはアメリカでの2枚目のアルバム『ミヨシ』から「誰にも奪えぬこの想い」と「ザット・オールド・フィーリング」を収録しています。

ナンシー梅木はその後ハリウッド・デビュー、57年に個性派俳優マーロン・ブランド主演の映画『サヨナラ』に出演、アカデミー賞助演女優賞を受賞する栄誉に輝きます。これは東洋人として初のアカデミー賞受賞であるばかりでなく、米英以外の初の助演女優賞でもあったのです。彼女の活躍はそれにとどまらずブロードウェイにも進出、ミュージカル『フラワー・ドラム・ソング』に出演し、トニー賞のミュージカル部門最優秀女優賞にノミネートされています。この多彩な経歴はある意味でチエミに匹敵する才能といえましょう。(2007年〔平成19年〕死去)

■ジャズひとすじのマーサ

チエミもナンシーも活躍の場の違いはあれ、歌手と女優の二股で活躍したマルチ・タレントでしたが、純粋なジャズ・ヴォーカリストとしてはマーサ三宅が戦後日本を代表する存在でしょう。マーサ三宅、本名三宅光子は満州事変勃発の翌々年の1933年(昭和8年)に当時の満州(現在の中国東北部)に生まれました。世代的にはナンシーとチエミの間ですね。彼女は他の歌手たちと違い、正規の音楽教育を受けています。これも異色。日本音楽学校を卒業後、当時のジャズ歌手たちと同じように米軍キャンプでプロ歌手としての活動を開始しています。そしてその理由も戦後の混乱期を生き抜いた多くの歌手たちと同じように「生活のため」でした。

54年にナンシー梅木も共演したレイモンド・コンデの「ゲイ・セプテット」の専属歌手として注目を集め、2年ほど在籍しています。初レコーディングは55年のSP盤で、58年にキングレコードのオムニバスLP『トウキョウ・キャナリーズ』に参加しました(三宅光子名義)。今回はこのアルバムから「マイ・メランコリー・ベイビー」を収録しました。

56年に当時ジャズ評論家として頭角を現していた大橋巨泉と結婚(のちに離婚)し、現在第一線で活躍するジャズ・ヴォーカリスト大橋美加は、ふたりの間の子供です。

1970年代にマーサは「マーサ三宅ヴォーカル・ハウス」を設立し、後輩の指導を行なっています。88年に権威あるジャズ界の賞である南里文雄賞を女性歌手として初めて受賞、90年日本ジャズ・ヴォーカル大賞受賞、そして94年には女性歌手として初の芸術祭賞を受賞するなど、まさに日本ジャズ・ヴォーカル界の代表的存在です。

■テレビという舞台

今回登場する歌手たちの中で、いちばん意外なのが朝丘雪路ではないでしょうか。私自身も含め、多くのみなさんが朝丘のことをチャーミングな女優さん、あるいはユニークなテレビ・タレントとして捉えているような気がします。しかし彼女はNHKの「紅白歌合戦」に10回も出場した、れっきとした歌手なのですね。お聴きになればわかると思いますが、当然歌も巧いのです。

朝丘雪路、本名加藤雪会は1935年(昭和10年)、東京・築地で日本画の大家、伊東深水と料亭「藤田」の女将、藤田麻起子の間に生まれました。子供のころから日本舞踊を学び、宝塚音楽学校に入学、52年に宝塚歌劇団に入団しています。60年に当時の人気テレビ番組「11PM(イレブンピーエム)」に登場し、以後多くのテレビに特有のおっとりキャラで出演し、特異なスタンスを獲得したのです。ちなみに2度目の夫が俳優の津川雅彦で義理の兄が長門裕之、義姉が南田洋子という芸能一家です。

■アイドルの底力
そしてザ・ピーナッツです。この天才的双子歌手については誰もがご存じのことと思いますが、あえて強調しておきたいのは、彼女たちの人気がたんなる「もの珍しさ」ではなく、その圧倒的歌唱力に源泉があったということです。とりわけ双子ならではのコーラスの見事さは、筆舌に尽くしがたいものがあります。

彼女たちが人気を得たのはポップスの世界でした。率直に言って、若いころの私自身を含め、ポップス・ファンが注目するのは楽曲の面白さや、彼女たちが活躍したテレビ画面での楽しさがメインで、歌唱の巧拙にまで深い関心を払うファンは少数派だったのではないでしょうか。

というのも、今回彼女たちのジャズ・ヴォーカルをあらためて聴き、「こんなに巧かったのか」と舌を巻いたのです。もちろん私も同時代的にザ・ピーナッツのテレビ番組を楽しんでいたのですが、やはり注目したのは最新洋楽のカヴァー曲を彼女たちが歌うことであって、歌唱の見事さにまで関心は届いていなかったようです。

姉・伊藤エミ(本名澤田日出代・旧姓伊藤)、妹・伊藤ユミ(本名伊藤月子)は1941年(昭和16年)、愛知県に双子の姉妹として生まれました。名古屋市内で「伊藤シスターズ」という名前で歌っていたところ、渡辺プロの社長、渡辺晋にスカウトされ59年プロ・デビュー。同年人気テレビ番組「ザ・ヒット・パレード」、61年に人気バラエティ番組「シャボン玉ホリデー」で司会を務めるなど、まさに1960年代を代表するテレビ・タレントとして一世を風靡したのです。(ザ・ピーナッツは75年〔昭和50年〕引退。エミは2012年〔平成24年〕、ユミは16年死去)

文/後藤雅洋(ごとう・まさひろ)
日本におけるジャズ評論の第一人者。1947年東京生まれ。慶應義塾大学在学中に東京・四谷にジャズ喫茶『い~ぐる』を開店。店主としてジャズの楽しみ方を広める一方、ジャズ評論家として講演や執筆と幅広く活躍。ジャズ・マニアのみならず多くの音楽ファンから圧倒的な支持を得ている。著者に『一生モノのジャズ名盤500』、『厳選500ジャズ喫茶の名盤』(ともに小学館)『ジャズ完全入門』(宝島社)ほか多数。

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