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文/田中昭三

「お水取り」とは、奈良・東大寺の二月堂で行なわれる仏教行事。本来は旧暦二月の行事なので正式名称は「修二会(しゅにえ)」という(因みに正月の行事は修正会(しゅしょうえ)という)。

この修二会は、去年一年間の罪や穢れを祓いおとし、この先一年間の国の安全・発展や国民の幸福を神仏に祈るのが目的。前行と本行からなり、前行は2月12日から2月末日まで、本行は3月1日から15日まで。

本行の12日深夜、二月堂下の若狭井から香水(こうずい)を汲みあげる神事、つまり「お水取り」がある。しかしこの神事は修二会本来の行とはまったく関係がなく、まるで劇中劇のようなものだ。

とはいえ修二会の期間中、これだけが二月堂の外で行なわれ、しかも漆黒(しっこく)の闇のなかでの神事なので、すっかり参詣者の間で人気を得て、ついには「お水取り」が修二会の代名詞になってしまった。

いまでもこの神事だけを目的に、わざわざ奈良へ出かける人も少なくない。とんだ誤解ともいえそうだが、実はこの「お水取り」にはもっと大きな誤解がある。

■1:巨大な松明は僧の先導役にすぎない

お水取りで二月堂に参籠(さんろう)する僧を「練行衆」(れんぎょうしゅう)とよぶ。11人の練行衆は、行(ぎょう)の期間中、一日に数回二月堂に入る。その都度石段を上り降りするのだが、夜の上堂のとき、彼らの足元を照らし先導するのが松明である。

ひとりだけ先に上がっているので、焚かれる松明は10本(3月12日だけは11本)。最終日の3月14日はすべての松明が舞台に並ぶ。だからこの日だけは、練行衆たちは後ろからくる松明に急(せ)かされながら次つぎに石段をのぼる。そこでいつしかこの日の上堂は「尻焦がし」、松明は「尻つけ松明」とよばれるようになった。

団体のお水取りツアーに参加すると、この松明だけを見て終わりとなることが多い。夜空に輝く炎は確かに心を掻きたてるが、松明だけのお水取り参観は、まさに木を見て森を見ずの譬え通りだ。

お水取りの行(ぎょう)はこのあと夜中まで続く。できれば一度くらい、最後まで参観したいものである。

■2:2体ある本尊を誰も見たことがない

現在、二月堂には大観音(おおかんのん)と小観音という2体の観音さまが安置されている。大観音は残されている光背の断片から推定して像高170cmくらい。小観音は古い記録に7寸(約21cm)とある。

お水取りの期間中、前半の7日は大観音、後半の7日は小観音が本尊とされる。2体とも絶対秘仏であり、いま在籍している東大寺のお坊さんたちは、誰も実物を見たことがないという。

とはいえ同じ堂内に複数の本尊を祀(まつ)るのは、ほとんど例を見ないので、大小どちらかの観音さまが他から移された客仏(きゃくぶつ)ということになる。

お水取りの期間中、小観音が移動するのは、客仏の象徴ではないかという説もあるが、はっきりしたことは分からない。

1250年以上一度も欠かさず行なわれているお水取り。基本的に同じ内容とはいえ、本来の意味がわからない行もあり、その秘密を探るのもお水取り参観の楽しみである。

■3:フィナーレを飾る不可思議なプログラムがある

3月1日から14日までのお水取りの期間中、最後の3日間だけ行なわれるのが「達陀(だったん)」という行。演劇でいえば、フィナーレを飾るセレモニーのような臨場感がある。

出演するのは8人。火天(かてん)・水天(すいてん)・芥子(けし)・楊枝(ようじ)・太刀(だいとう)・鈴(すず)・錫杖(しゃくじょう)、法螺(ほら)という八天に扮した練行衆(れんぎょうしゅう)が、交互に礼堂に走り出てくる。

最大の見どころは、火天と水天が向かいあって跳躍するところ。火天は松明(たいまつ)をもって狭い内陣をぐるぐる回り、水天は松明に向かって水をかける。そして芥子は米を爆(は)ぜさせた「ハゼ」という粒を撒き散らす。これらの演技は、明らかに農耕民族の豊作祈願を表したものだ。

修二会とは本来、過去1年間の人間の罪や穢(けが)れを本尊の十一面観音に向かって悔い改める仏教行事。そこに民間信仰や神道の要素が加わり、お水取りは準備期間を含めれば2カ月にも及ぶ一大イベントに膨れ上がった。

そのすそ野は広く、全容をとらえようとすれば、毎年足しげく通うしかない。

文/田中昭三
京都大学文学部卒。編集者を経てフリーに。日本の伝統文化の取材・執筆にあたる。『サライの「日本庭園」完全ガイド』(小学館)、『入江泰吉と歩く大和路仏像巡礼』(ウエッジ)、『江戸東京の庭園散歩』(JTBパブリッシング)ほか。

※本記事は「まいにちサライ」2014年1月~2月掲載分を転載したものです。

 

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