死せる夏目漱石、漱石山房の年越しを静かに見守る。【日めくり漱石/12月31日】

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夜はしんしんと更けて時計の針が時を刻んでいく。やがて日付が変わって、大正5年(1916)12月31日となった。今から100 年前の今日の話である。

東京・早稲田南町にある漱石山房(漱石の自宅)の書斎は、いつもと同じように整えられていた。

漱石愛用の紫檀の文机の上に、竜頭のデザインされた漱石山房の原稿用紙、万年筆、銅印、玉の文鎮、眼鏡入れ、象牙のペーパーナイフなどが置かれている。机の前の主の座る位置に置かれた毛皮と座蒲団も、平静と変わらない。

書斎に続く応接間の方に漱石の筆になる書画が掛けられているのが、従来とはちょっと異なる光景であった。

机の上の原稿用紙の右肩には、「189」の番号だけが手描きされ、あとはまっさらな白紙であった。

昨夜からその書斎で、尽きるともなく話し込んでいるのは、漱石の妻・鏡子と漱石門下の芥川龍之介、松岡譲、小宮豊隆であった。それを黙然と見守っている漱石の頬は、深く静かな微笑をたたえているように見える。

しかし、もはやそれは、死面(デスマスク)と化している。死後まもなく、彫塑家・新海竹太郎の手で原型をとったこの漱石のデスマスクは、ようやくできあがり、少し前に小宮豊隆が山房に持参したばかりであった。

日付が変わって、死去から22日目を迎えていた。3日前の12月28日には雑司ヶ谷墓地へ遺骨の埋葬(納骨)も済んでいる。その墓地は、幼い娘・雛子が急逝したあと、その骨を納めるため、漱石夫妻が用意したものだった。

書斎にしつらえられていた祭壇も、そこに置かれていた主の遺骨とともに片づけられていた。

日付が変わってしばらくした頃、

「そろそろお暇します」

そう言って立ち上がったのは小宮豊隆だった。その後ろ姿を見送ってなお、残りの3人は、漱石のマスクの傍らで朝方午前4時頃まで話を続けた。

漱石のデスマスク(新海竹太郎作)の複製。神奈川近代文学館所蔵

漱石のデスマスク(新海竹太郎作)の複製。神奈川近代文学館所蔵

さまざまな思い出話を語り合う中で、芥川の口からは葬儀の日の出来事も語られただろうか。師の逝去の3日後の12月12日、青山斎場で行われた葬儀には、前日の新聞に時間を間違えて報知してあったにもかかわらず、多くの会葬者がつめかけた。

芥川が受付にいると、外套に中折帽の風格ある人物がやってきて名刺を差し出した。芥川は初めて見るその人の風貌の立派さに心打たれた。名刺には「森林太郎」とあった。

互いに尊敬の念を抱きながら、意識して淡い交流を貫いていた鴎外森林太郎の姿がそこにあった。この日は陸軍の大先輩に当たる元帥陸軍大将・大山巌の弔いの日にも当たっていたが、漱石の葬儀となれば、自ら足を運びきっちりと別れを告げずにはいられなかったのである。

鏡子の心の奥には、口に出さずとも、若き日、ロンドン留学中の夫と交わした「しきりに御前が恋しい」「私もあなたの事を恋しいと思いつづけている事は負けないつもりです」という書簡中のことばが思い浮かんでもいただろう。

松岡譲の胸の片隅には、やがて夫婦として結ばれることになる師の愛娘・筆子へのひそかな思いが、我知らず芽生えていたのかどうか。

この日、もうしばらくすると、できあがったばかりの『新小説』の新年号が漱石山房に届くことを、彼らはまだ知らない。その表紙には、「臨時号 文豪夏目漱石」の文字が刷られている。故人となった漱石を特集した、最初の雑誌である。『漱石全集』の刊行は、一周忌に当たる大正6年(1917)12月9日から始まる。

思えば、漱石はかつて門弟・森田草平への手紙の中にこんな一節を綴っていた。

《百年の後、百の博士は土と化し、千の教授も泥と変ずべし。余はわが文をもって百代の後に伝えんと欲するの野心家なり》

その言葉通り、漱石の遺した作品群は、世紀を超え、没後100 年を過ぎてなお読み継がれている。

(完)

■今日の漱石「心の言葉」
百年後に第二の漱石が出て第一の漱石を評してくれればよいとのみ思いおり候(『書簡』明治41年2月4日より)

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夏目漱石(1867~1916)江戸生まれ。帝国大学文科大学(現・東京大学)英文科卒。英国留学、東京帝大講師を経て、朝日新聞の専属作家に。数々の名作を紡ぐ傍ら、多くの門弟を育てた。代表作『吾輩は猫である』『坊っちやん』『三四郎』『門』『こころ』など。家庭では鏡子夫人との間に7人の子を儲けた。写真/県立神奈川近代文学館所蔵

Web版「夏目漱石デジタル文学館
夏目漱石に関する資料を数多く所蔵する県立神奈川近代文学館。同館のサイトに特設されている「Web版 夏目漱石デジタル文学館」では、漱石自筆の原稿や手紙、遺愛品、写真など漱石にまつわる貴重な資料画像を解説付きで公開しています。

県立神奈川近代文学館
住所/横浜市中区山手町110
TEL/ 045-622-6666
休館/月曜
神奈川近代文学館の公式サイトはこちら

神奈川近代文学館外観_2

横浜港を一望できる緑豊かな「港の見える丘公園」の一画、横浜ベイブリッジを見下ろす高台に立つ神奈川近代文学館。夏目漱石に関する資料を多数所蔵する。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『こぼれ落ちた一球 桑田真澄、明日へのダイビング』(日本テレビ)『石橋を叩いて豹変せよ 川上哲治V9巨人軍は生きている』(NHK出版)など多数。最新刊に、『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)がある。

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