秀吉も頭が上がらなかった女傑・おねの健康の秘訣は●●にあった【戦国武将の健康術】

北政所と称された秀吉の正室おね。才気煥発で大名たちとも渡り合ったおねも、温泉でのくつろぎの時間を大切にした。高台寺蔵。

北政所と称された秀吉の正室おね。才気煥発で大名たちとも渡り合ったおねも、温泉でのくつろぎの時間を大切にした。高台寺蔵。

温泉大国日本らしく、戦国武将たちも温泉の恩恵にはずいぶん助けられていたようだ。著書『戦国武将の養生法』などで、豊臣秀吉が実践した湯治の効能について説く宮本義己さんはいう。

「生前、有馬温泉(兵庫県)に9回ほど湯治に出かけた秀吉は、戦の最中にも配下の武将たちに箱根の湯や佐賀の武雄温泉への入湯を勧めたり、徳川家康には草津の湯(群馬県)を勧めるなど、温泉養生の効果を実感していました」

秀吉の正妻おね(1549~1624※生年は諸説あり)もまた、温泉を愛した戦国人のひとりである。

有馬は京都や大坂からもほど近い温泉場で、おねも秀吉とともに折に触れて有馬に湯治に出かけていた。有馬の泉源の近くに、秀吉の御殿とは別に、おね専用の御殿も建てて持っていた。

また、おねの実兄・木下家定に始まる足守木下家には、旅先などで利用したと思われる「伝北政所道中風呂」が伝えられている。

身だしなみもかねた入浴で、常に清潔を保っていたのも、おねの健康の秘訣だったようだ。

「おねは政治にももの申す女傑で、秀吉も頭が上がらなかったようです。そんな精神力の強かったおねが安らぎを求めたのが、神仏への祈祷と沐浴養生だったのだと思います」(宮本さん)

良家の子女をとりまとめ、天下人である夫を陰で支えたおねは、77歳の長寿を全うしている。

有馬温泉の「太閤湯殿館」には秀吉の湯殿遺跡が再現されている。高温の有馬の湯は蒸し風呂と沐浴

有馬温泉の「太閤湯殿館」には秀吉の湯殿遺跡が再現されている。高温の有馬の湯は蒸し風呂と沐浴の両方を楽しむことができた。

ストレス鎮静が武将最大の命題

有馬に足繁く通った秀吉とおねの他、箱根の湯を保護した北条早雲や、領内に隠し湯を持っていた武田信玄、上杉謙信、秋保温泉(宮城県)に湯浴み御殿を持っていた伊達政宗、湯田温泉(山口県)に浸かった毛利隆元、別府で温泉療養をした大友宗麟など、温泉を愛した戦国武将は多い。

武将にとって、過剰なストレスを静めることが、何よりも大切だったと前出の塩谷さんは語る。

「温泉は成分によって傷を癒す、疲労回復、リラックスなどの効果があります。しかし何より、湯治が旅行もかねていることに意義があるように思えます。“非日常”を体験できる旅は、ストレスからの解放を促します。現在、旅がアンチエイジング(抗加齢)に効果があるのではという研究も進んでいるほどです」

温泉にゆったりと浸かることは、武将にとって心と体を養う立派な健康術だったといえそうだ。

取材・文/平松温子
(本記事はサライ2014年12月号に掲載されたものです)

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