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南部酒造場が手がけるデザートワインのような芳醇で甘口の酒『花垣 貴醸年譜・無濾過生原酒』300ml 1080円(税込)。

日本全国に大小1500の酒蔵があるといわれています。しかも、ひとつの酒蔵で醸(かも)す酒は種類がいくつもあるので、自分好みの銘柄に巡り会うのは至難のわざ。そこで、「美味しいお酒のある生活」を主題に、小さな感動と発見のあるお酒の飲み方を提案している大阪・高槻市の酒販店『白菊屋』店長・藤本一路さんに、各地の蔵元を訪ね歩いて出会った有名無名の日本酒の中から、季節に合ったおすすめの1本を選んでもらいました。

【今宵の一献】 南部酒造場『花垣  貴醸年譜・無濾過生原酒』

日本酒の成分の約8割は、じつは「水」です。ということは、その水の性質が酒の色・味・香りに大きく影響するのは当然です。例えば、鉄分を多く含む水は香味を悪くしますので、日本酒づくりには向きません。

カルシウムやカリウムなどのミネラル分が多い硬水は、骨格のしっかりしたコクのある酒を育てます。軟水の場合は、よりやわらかく軽快な飲み口の酒に仕上がります。よく対比されてきたのが神戸「灘の男酒」と京都「伏見の女酒」で、前者は硬水仕込み、後者は軟水仕込みということになります。

私たち地酒専門店の人間は、初めて訪問する造り酒屋では、出来上がった酒を利くことはもちろんですが、よく「仕込み水を飲ませてください」とお願いもします。各地の造り酒屋は、そもそもは水の良い土地で酒づくりを行なっていますが、時代の波のなかで住宅地になるなど、思うに任せない水質に変化することも起こります。それでも、今は純水装置なるもので科学的に処理、酒づくりに全く支障のない水を得ることは可能ではあるのですが・・・。

ともあれ、酒づくりに使われる水が、いかに重要かはわかっていただけたかと思います。それが「名水あるところに名酒あり」、そう昔からいわれてきた所以(ゆえん)です。

■旨い米と名水で知られた地で9代続く造り酒屋

北陸屈指の豪雪地帯で知られる越前大野は福井県の東部、九頭竜川(くずりゅうがわ)の上流に拓けた山間の城下町です。天正3年(1575)、織田信長が越前の一向一揆の討伐を行なった際、戦功のあった武将・金森長近(かなもり・ながちか)によってつくられた城下町で、“北陸の小京都”とも形容されています。

何より、ここは日本の名水百選に選ばれた「御清水(おしょうず)」を始めとして、地中深くもぐった豊富な雪解け水が、碁盤の目状の町割の随所から湧出する名水の地です。

リサイズお清水

大野市の湧水で名水百選にも選ばれてる、大野市の湧水「御清水」。

また、越前大野は食米のコシヒカリから酒米の「五百万石」までを産する県内有数の米どころです。とくに酒米については生産量の大半が、ここ大野市と隣の勝山市でつくられています。

名水の地にして米どころ。そんな越前大野の町には江戸の昔から30軒を超える造り酒屋が点在し、とりわけ城下町のメインストリート七間通りには、酒・味噌・醤油などの醸造関係の店が多く集まっていました。

今回紹介する銘酒『花垣(はながき)』を手がける「南部酒造場」は、その七間通りに代を重ねてきた造り酒屋です。享保18年(1733)、初代の七右衛門(しちえもん)が創業した当時は大野藩4万石の御用商人として金物を扱う大店(おおだな)でした。酒づくりを始めたのは明治34年のことで、『花垣』の銘柄は往時の6代目が好んだ謡曲のなかに出てくる言葉から選んだといいます。

リサイズ外観

福井県大野市で100年以上続く蔵元「南部酒造場」の風情漂う外観。

現当主は9代目の南部隆保(なんぶ・たかやす)さん。米と水のよさを存分に引き出すため、今も伝統の手づくりに徹して、目の行き届く量だけを丁寧に醸(かも)すことで、より高品位の酒を世に送り出すのを信条としています。

リサイズ南部さん

南部酒造場9代目当主の南部隆保さん 。

酒づくりの現場を担う杜氏(とうじ)は日置大作(ひおき・だいさく)さん。長年『花垣』の杜氏を務めた能登流の名人・畠中喜一郎(はたなか・きいちろう)さんの傍(そば)で酒づくりに励み、2007年から後を引き継ぎました。

日置さんが常に心がけているのは、やわらかく優しい味わいの伏流水に、米のしっかりとした旨みをのせて、バランスよく飲み飽きしない、その美味しさが身体に染みわたる酒づくりです。

南部酒造場は100年以上にわたって手づくりに徹することで素晴らしい美酒を生み出しながら、様々な日本酒の可能性を追求してきた蔵です。より手間のかかる「山廃(やまはい))仕込みや「生酛(きもと)」造りも採用し、長期熟成酒や大吟醸酒を、ワインづくりに用いられる最高級のフレンチオークの木樽に貯蔵する試みにも精力的に取り組んでいます。麹米だけでつくる「全麹(ぜんこうじ)」などの特殊な酒造りにも挑戦してきました。

もとすり

生酛(きもと)仕込み時の作業のひとつ「酛摺り(もとすり)」。山卸(やまおろし)ともいう。

■デザートワインのような芳醇な甘さ

そのひとつひとつに踏み込んで触れるのは、また機会をあらためるとして、今回ご紹介したいのは『花垣  貴醸年譜・無濾過生原酒』という名の貴醸酒(きじょうしゅ)です。貴醸酒は、仕込みに必要な水のかなりの量を「酒」に代えて仕込むことで生まれるお酒です。1973年に現在の酒類総合研究所の前身になる国税庁醸造試験所が、平安時代の古文書『延喜式』(927年〉にある古代酒を参考に製法を開発した、独特のとろみをもった甘口の日本酒です。

仕込み水の代わりに日本酒を使うとどうなるかといいますと、米の糖分をアルコールに変える酵母の発酵活動が抑えられて、結果的にかなりの糖が残ります。まるでデザートワインのような芳醇(ほうじゅん)な甘さが特徴で、その貴醸酒を搾(しぼ)った生原酒の状態のまま瓶詰したのが『花垣  貴醸年譜・無濾過生原酒』です。

リサイズ袋吊り1

醪(もろみ)を入れた布袋を吊るして圧力をかけずに自然に落ちた雫(酒)だけを集める「袋吊り」の作業。最も贅沢な搾り方、主に鑑評会出品酒に用いられる。

『花垣  貴醸年譜』は、年によって甘みや酸に多少の違いは出ますが、出荷直後はフレッシュ感が強く、徐々にカラメル風味が出始めて、プリンを思わせるような、まったりとしたクリーミーな味わいになります。

ひと昔前の貴醸酒といえば、10年ほどの長期熟成を経た琥珀色のトロリとした極甘口の酒で、720ml瓶で3000~5000円ぐらいはする高級酒のイメージでした。最近は『花垣』を始めとして、長期熟成をさせないフレッシュで値段も手ごろな貴醸酒をいくつか見かけるようになっています。

思い切り辛口が好きな日本酒ファンには、この濃醇(のうじゅん)に過ぎる貴醸酒の甘さはあるいは苦手と思うかも知れません。でも、チーズなどとの相性は非常によくて、ぜひ食後酒として嗜(たしな)んでみることをお勧めします。

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