通常、一握りの在来種のソバの種には、様々な特性を持った種実が多種類、混在している。暑い気候に強いもの、また弱いもの。背が高く伸びるもの、反対に背が低いもの。ゆっくり育つもの、成長速度の早いもの等々。この一握りが初めてどこかの土地に播かれたとき、その中から土地に最も適合した特性を持つソバの実が成長し、子孫を残す。台風が多い土地では、風に弱いソバは倒伏して子孫を残せなくなる。だから代を重ねるごとに、在来種のソバは土地にあった特性を持つ種に絞られてくるのだ。

それがこの天保そばは、現代の在来種に比べて、極端に個性の幅が広いのだという。だから種を播いて、収穫時期にちゃんと実になり、刈り入れできるものが少ないという結果になる。農家にしてみれば、収量が少なく、実に栽培しにくいソバなのだ。裏返せば、様々な生育条件に臨機応変に対応できる、驚くべき適応能力を持っているともいえるのだが。昔の人は、こういうソバを栽培していたのだ。

そして病害虫に極端に弱いという特徴もある。これも裏返していえば、天保の時代の畑は、まだ農薬など使われたことがないわけで、そういう土に慣れているのが、このソバなのだ。現代の畑は農薬を多用したなどの理由で、土の力が衰え、病原菌などが繁殖しやすくなっているのかもしれない。そのため免疫のない天保そばは、現代の強力な菌に負けてしまうのではないだろうか。時代の推移と、自然環境を作り替えてきた人間の歴史が、時間を飛び越えてやってきた一握りのソバから透視できるのである。

さて、問題のその味だが、横川庄栄さんにうかがった話では、「野性的な味で、美味しい」とのことだった。野性的とは抽象的だが、要するに、まだ未熟な実がかなりの割合で混ざっているので、草のような風味を感じるということだ。ソバの実の個性が、早生、晩生など、幅広く混在していることが、未熟な実が多い理由だろう。現在、福井県などで行っている「早刈り蕎麦」に似た味ではないかと思われる。

試食会でいただいた蕎麦には、残念ながらその特徴が現れていなかった。

なぜか。
都会風の白い蕎麦に仕上げようと、ソバの実の中心部分だけを取り出す製粉にしたことと、小麦粉をつなぎに入れてしまったのが原因だ。こうした方法をとると、蕎麦本来の味、香りは、わかりにくくなってしまう。
今年の試食会では、ぜひとも、甘皮まで挽き込んだ挽きぐるみの蕎麦粉を生粉打ちにしていただき、「天保の野性味」を堪能させてもらいたいものである。

 

 

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